地域における専門職の位置

掲載:科学研究費補助金研究事業 報告書『●』2010年●月●日,●.
「地域における専門職の位置」

室田信一(日本学術振興会/同志社大学大学院)


以下では、アメリカでコミュニティ・オーガナイザーとして勤務経験をもつ筆者の問題意識と、地域福祉(もしくはコミュニティ・オーガナイジング)を研究する上で筆者が留意する点について講演内容をまとめる。

①社会福祉の「対象」
日本で「社会福祉の対象」という時、一般的に高齢者や障がい者、児童、母子世帯、貧困世帯、外国人などを指すことが多いが、それらは社会的に規定された福祉の対象である。民主主義国家の政府は、すべての国民に対して平等なサービスを提供すること、もしくは多数の承認を受けてある特定のグループに対する限定的なサービスを提供することはできるが、社会的な承認を受けていない特定のグループに対して限定的なサービスを提供することはできない。そのような意味において国家は2つの福祉対象をうみだす。1つは国家(国民)によって承認を受けた対象であり、もう1つは承認を受けていない対象である。したがって、福祉の実践は、承認を受けたものに対するサービス等の支援と、承認を受けていないものを承認するためのアドボカシー等の支援に分けることができるだろう。
つまり、地域福祉の実践は、そのようにサービスなどの給付政策を推進する実践と、国家による承認を要求する実践とに分別することができる。前者はシステムの内側としての性格、後者はシステムの外側としての性格をもつ。

②ソーシャル・インクルージョンという落とし穴
数年ほど前から、社会福祉の領域でソーシャル・インクルージョン(もしくは社会的包摂)という考え方が注目を集めてきた。従来、社会的に承認を受けていない対象を擁護する福祉実践とは、上述したようにシステムの外側から承認を要求するアドボカシー実践であった。それに対してソーシャル・インクルージョンとは、既存の福祉制度や民間の実践を拡大し、これまで福祉の対象とみなされてこなかった集団に対してもそれらのサービスを提供するというものである。
なぜそのようなソーシャル・インクルージョンという考え方が登場したのであろうか。1つの理由は、社会福祉サービスが民間委託されるようになり、システムのゲートキーパーが公的機関から民間事業所や地域の諸活動へと転換したことである。その結果、地域でサービスを提供する民間組織はシステムの外側としての性格を弱め、システムの内側としての性格を強めた。したがって、ソーシャル・インクルージョンという考えは、多様な社会福祉の対象に「手を差し伸べる」ものとして肯定的にとらえられるが、実はそれはメインストリームへの包摂であり、多様な生活のあり方を否定するものとして解釈することができるのである。1970年代、肥大化した福祉国家は、ハーバーマス(Habermas, J.)やオッフェ(Offe, C.)などによって「生活世界の植民地化」や「国家の市民社会への侵入」などと批判された。福祉の民間化が進んだ昨今、私たちは同様の指摘が民間団体に対してもあてはまることを認識しなくてはならない。

③コミュニティ・オーガナイザーの二面性
1960年代、アメリカの連邦政府が推進した「貧困との戦い(War on Poverty)」によって全米各地で反貧困事業が推進された。当時の活動は、事業の目標としても設定されていたように、貧困地区の住民の政治的参加(特に事業を通した活動への参加)を促すものであった。しかし、そうした活動は、1980年代以降連邦政府の補助金が削減されると、住民参加を促進するものから政府による事業を受託するものへと転換した。
1960年代から70年代の民間活動におけるコミュニティ・オーガナイザーの役割はシステムの外側からシステムに対して働きかけるものであったが、1980年代以降になるとシステムの内側においてサービスをコーディネートするものやサービスをマネジメントすることが中心になった。前者における実践はソーシャルアクションやコミュニティ・ディベロップメントが中心であったのに対し、後者における実践はコミュニティ連携(community liaison)やソーシャル・プランニングなどの実践が主流となった。
ここで強調したいことは、コミュニティ・オーガナイザーがどちらの側に立つかということではなく、二つの顔を使い分けるということである。確かに、コミュニティ・オーガナイザーの役割はその時代の政策によって規定される傾向にあるが、これまでの実践から培われてきた実践モデルを駆使することで、コミュニティ・オーガナイザーは政策の変化に対して能動的に対応することができるだろう。
具体的に、コミュニティ・オーガナイザーはシステムの内側からサービスを調整し、地域住民のニーズを充足するように働きかけ、一方で提供する資源が十分ではない時や、そのサービスに対して社会的な承認が得られないときに、システムの外側から要求を投げかけるのである。
このようなコミュニティ・オーガナイザーの二面性は「内部・外部戦略(insider-outsider strategy)」と呼ばれる。筆者は、そうした二面性(もしくは多様な実践モデルを駆使すること)がコミュニティ・オーガナイザーの専門性と考える。すなわち、コミュニティの必要に応じて、役割を柔軟に変化することができるか、政策との関係で戦略を巧みに使い分けることができるか、そうしたコミュニティ・オーガナイザーの専門性こそが成熟した地域福祉の展開を担保するものと考える。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

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