シリーズ『実践の糧』vol. 21

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第218号,2015年2月.

実践の糧」vol. 21

室田信一(むろた しんいち)


私は普段大学で教えているが、自分が担当する授業で遅刻を厳しく取り締まることをしない。おごりと言われるかもしれないが、強制力ではなく、自分の授業の魅力で学生を授業に呼び込みたいと思っている。学生の遅刻数は自分の授業を評価するための一つのバロメータと考えている。

しかし、先日の授業では定刻に来た学生は20人中5人だった。ほとんどの学生が遅刻したことになる。さすがに5人はひどいと思った。定刻に来ている学生に申し訳ないと思った。2時限目の授業であるため、遅刻の理由は朝起きられないということかもしれない。私の授業は冬の朝の温かい布団の魅力に負けてしまったわけだ。

私は講義を始めるべきか、人数がある程度集まるまで待つべきか悩んだ。悩んだので、定刻に集まっている学生にどのように進めるべきか尋ねることにした。異なる意見が出たものの、結果的には講義を始めてほしいという意見が総意になったので、講義を始めた。

講義を始めると、一人、また一人学生が登場した。しかし、やりにくさは全く感じなかった。なぜなら、学ぶ意欲のある学生の声を聞き、その学生の希望に応じて、その学生たちが満足できる内容の授業を提供するという意識が私自身の中に芽生えていたからである。その日はいつも以上に自分が集中して講義できていると感じたし、遅刻してきた学生含めて、その日の学生の反応はとても良いものとなった。

“Let the People Decide(人々に決断させよ)”

これは、アメリカのコミュニティ・オーガナイジングの歴史に関する本のタイトルである。こんな基本的なことを自分が忘れてしまっていたことに気付かされた。

社会福祉の制度改変や、予算の削減などにより、当事者(利用者)が不利益を被ることがある。そのような時、ソーシャルワーカーは当事者にはその全体像を示さずに、水面下で問題を鎮圧しようと試みることがあるかもしれない。むしろ、ソーシャルワーカーにとって重要なことは、制度の改変について正確な情報を当事者に伝えることであり、その上で当事者の判断を仰ぐことである。複雑な社会福祉制度を理解することは当事者にとって容易なことではないかもしれないが、それを分かりやすく伝えること、そして当事者の意志に基づく判断を尊重することが求められる。

ソーシャルワーカーの役割はその当事者の声がしかるべきところに届くように働きかけることである。

まずは当事者の本音を聴くところから始めて、対話をする。そんな当たり前のことが、大学や社会福祉の現場を変えることの第一歩になる。わかっているはずなのに、ついつい忘れてしまう。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

実践の糧