シリーズ『実践の糧』vol. 12

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第209号,2013年8月.

実践の糧」vol. 12

室田信一(むろた しんいち)


「奇跡を信じる。」これは、私のコミュニティワークの授業を受講する学生に対して課している3つの約束事のうちの一つである。科学立国を標榜し、行政における手続きや社会的な規範づくりにおいて科学的方法をその中核に位置づけてきたこの国の高等教育機関において何を言っているのかと、受講生は思っているに違いない。奇跡を信じる前に目の前の教師を信じられなくなっているかもしれない。

私には奇跡にこだわる理由がある。コミュニティの中で実践を進めていると、必ず奇跡が起こる。人によっては大げさというかもしれないが、小さな奇跡から大きな奇跡まで、コミュニティの実践には奇跡がちりばめられている。

どのような奇跡か例を挙げよう。たとえば、地域住民から、まだ十分動く冷蔵庫の処分に困っているという相談が寄せられ、一方で冷蔵庫が必要だけど家庭の事情で買うお金がないという相談が別の住民から寄せられる。資源とニーズがそのようにして奇跡的につながることがある。

別の例を挙げよう。地域で映画祭の企画を進めていたところ、機材と技術と時間を持て余したセミプロの映画監督が奇跡的にそのプロジェクトに参加してくれることになり、ボランティアによる自主制作映画の作成に一躍買ってくれた、ということがあった。渡りに船とはまさにこのことである。

そのようにして地域の住民や資源などが偶然結びつくことを私は奇跡と呼んでいる。そうした奇跡を科学的に分析し、ネットワークの構築やソーシャルキャピタルの醸成の結果として説明することも可能かもしれない。しかし、いくら効率よくかつきめ細やかにネットワークを張り巡らせたとしても、現場のワーカーが信じなければ奇跡は起こらないだろう。地域住民と出会った時に、その人がもたらしてくれるであろうたくさんの奇跡を想像してわくわくすることが求められる。

近年、先駆的かつ効果的な実践を「グッド・プラクティス」として賞賛し、かつ手本にして他の実践の参考にするという考え方が浸透してきている。そのように実践に優劣をつけることに対して違和感を感じることもあるが、一方でグッド・プラクティスのお話を伺ったり、現場に足を運ばせていただいたりすると、そこにはたくさんの奇跡があふれていることに気づかされる。

そもそも、複数の人の想いと行動が出会うことで地域の活動が始まることを考えると、あらゆる地域活動が偶然の産物であり、奇跡の連続なのかもしれない。しかし、それは奇跡が起こることをただ待っていればいいということではない。奇跡を信じて準備をする。そのしたたかな準備の結果が一握りの奇跡であり、その一握りの奇跡が次の奇跡を導くのである。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 11

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第208号,2013年6月.

実践の糧」vol. 11

室田信一(むろた しんいち)


今回は私がはじめて自分一人で取り組んだ地域の実践について書きたいと思う。振り返ってみると、私は幼少期から自分が所属するコミュニティの仲間を巻き込み、新しい取り組みを始めることが好きだった。小学生の頃は、クラスメイトに声をかけて草野球を開催し、日程調整からスコアの記録、メンバーのリクルート、チームワークの円滑化、やる気を失いがちなメンバーのフォローまで、今考えると私一人で担当していた。私の関心は自分が野球を楽しむということではなく、みんなが野球を楽しむ「場」を設定することであり、その中で自分も楽しむことだった。地域における福祉活動に従事している人は、大なり小なり同様の価値観を共有しているかもしれない。

そんな私が学校等の組織の枠組みを飛び出し、一から自分で始めた実践は、私が住んでいたニューヨーク市クイーンズ区の地元で開催した映画祭だった。当時の私の問題関心は多文化共生であった。また、大学でメディアについて勉強していたこともあり、普段なかなかコミュニケーションをとることがない外国人同士が、自主制作映画をとおして普段自分たちが考えていることを表現し、その映画を地域で上映することで相互理解を図るというイベントを思いついた。

思い立ったが吉日、すぐにパソコンでボランティア募集のチラシを作成し、夕方のラッシュアワーの時に地下鉄の改札付近で配った。何百枚ものチラシを配ったが連絡をしてくれた人は3名だった。その3名と企画会議を毎週開き、自分たちで映画を作ったり、映画学校の学生に作品を提供してもらったりしながら、初年度は7作品を地域の教会の地下室で上映することができた。参加者は約80名だった。

参加者からは、同様のイベントを翌年も開催してほしいという声や、自分たちもボランティアをしたいという声があった。そんなこんなで、イベントの規模は毎年膨らみ、4年後にはボランティアだけで約20名、参加者は1000名を超すような一大イベントになり、地元のメディアにも取り上げられた。

そんなイベントの企画をとおして私が学んだことは「失敗することに成功する」ということである。何十人、何百人という人のボランタリーな意思によって推進されるイベントは、人の思いが衝突したり、空回りしたり、途切れてしまうことがある。しかし、大切なことは完璧を目指すのではなく、より多くの人が協力しない限り達成できないようなことを、そしてみんながハッピーになることを、失敗を恐れずにやってみるということである。結果的にたくさんの失敗を経験するかもしれないが、実は多くの人と一緒に失敗を克服する過程こそが真の意味での成功なのだということに気がつく。

それ以来、イベントを企画する時には、どうすれば上手に失敗できるかということを考えるようになった。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 10

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第207号,2013年4月.

実践の糧」vol. 10

室田信一(むろた しんいち)


私が勤務していたニューヨーク市内のセツルメントでは、社会サービスのプログラムの一環として、移民を対象に無料の英語クラスを提供していた。クイーンズ区の移民街の雑居ビルに構えられたその英語クラスでは、世界各国からニューヨーク市に移り住んできた移民たちが肩を寄せあい、必死に英語を勉強していた。雑居ビルのその小さなオフィスには朝から晩まで毎日のべ600人程の移民が通ってきた。受講生募集の日は、倍率10倍以上のそのプログラムに入るために、雑居ビルの周りに行列ができるほどの人がクイーンズ区中から集まった。テレビ等で見るきらびやかなニューヨークのイメージとはまったく違う様相である。

そのようなプログラムであるため、英語を教える教員も筋金入りのタイプが多い。社会正義に熱く、アメリカで第2の人生を始めようと努力する移民を支援することに真剣である。言語を習得するということは、その社会で生きていくための力を身につけることである。つまり、そのプログラムは単に英語を教えるだけではなく、英語が話せないことで生きづらい思いをしている移民をエンパワーすることが真の目的であった。

そのプログラムにおける私の仕事は、コミュニティ・オーガナイザーとして、移民が抱えている生活問題について話を聴き、また移民にとって問題となりうる政治的課題等について情報を提供し、プログラムの参加者の問題意識を醸成することであった。そのうえで、プログラムの参加者を組織し、リーダーを養成し、彼(女)らが培った問題意識に対して必要な行動を起こせるように支援することであった。ニーズ調査のためのアンケートを実施したり、地元議員の事務所を訪問したり、権利について学ぶワークショップを開催したり、ときには市役所前の集会に参加するアクションを企画したりもした。

私が業務を遂行するうえでもっとも気をつけたことは、英語教員たちとコミュニケーションをとることであった。私と教員の業務の最終目的は同じ「移民をエンパワーすること」であったが、その手段は異なるものであった。私は、自分が進めているプロジェクトについて常に教員の意見を取り入れ、協力を得ることの可能性を尋ねるようにしていた。私ひとりでできることであっても、必ず助言をもらうようにしていた。たとえそれが非効率的であっても、他のスタッフによる参加の手続きを大切にしたということだ。

私が体調を崩したとき、教員が率先して受講生を組織し、ある重要な集会への参加準備を進めてくれたことがある。福祉の仕事をしていると、クライエントのことを考えるあまり自分の業務しか見えなくなってしまう危険性がある。真の意味でクライエントを支援するには、その支援プログラムが滞りなく推進されるように環境を調整し、不必要な軋轢を回避することもまた重要な側面である。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 9

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第206号,2013年2月.

実践の糧」vol. 9

室田信一(むろた しんいち)


 最近ある面白い本を読んだ。槙田雄司氏による『一億総ツッコミ時代』という本だ。お笑い芸人でもある著者によれば、現代の日本にはダウンタウンなどのお笑いから派生した「ツッコミ」文化が2ちゃんねるやツイッターといったネットメディアにも蔓延し、その結果日本国民が日常的にあらゆることにツッコミをいれる社会になったということである。ネット上で「炎上する」というのは、まさにそうしたツッコミの集中砲火であるし、いじめも同様に理解することができる。

 著者曰く、ツッコミをいれるという行為には、他人の落ち度を指摘するという意味と共に、実は他人の揚げ足を取ることで自己を防衛するという側面があるという。もちろん、大阪人としては「ボケ」に対して「ツッコミ」をいれることが礼儀であり、いいツッコミをいれるには、高度なコミュニケーション能力や相手に対する配慮が必要であるし、それでこそ愛のこもったツッコミができるという側面もある。

 著者はむしろ、愛のこもってないツッコミが蔓延していることと同時に、ボケることがしにくい世の中の雰囲気を案じているようである。著者が言うところのボケとは、ベタなことをするという意味である。家族で幸せな休日を過ごすとか、好きなことに夢中になるといったことである。確かに、現代の日本ではそういうベタなことをしていると、他人からツッコミをいれられるような気がして隠してしまいがちになる。

 そこで思ったことは、自分が福祉関係の仕事をしているとか、人々が幸福に生きていく社会について真剣に考え、そうした社会の実現に向けて日々取り組んでいるということを、福祉と関わりのない人の前で話すことをどこか避けているということである。例えば高校の同窓会に顔を出したりすると、福祉の仕事をするうえで大切にしている価値を友人に理解してもらえないのではないかという気がして、あまり触れてほしくなさそうに、つまりツッコミをいれてほしくなさそうに、自分の仕事について話してしまう自分がいる。

 著者の理論でいうと、福祉の実践とはまさにボケ中のボケである。そして著者は、日本国民はもっとボケる必要があるといっている。ものごとを遠くから眺めて、メタな視点から評論家面してツッコミをいれるのではなく、そのベタなものにどっぷり浸かり、堂々とボケていいのではないかと提案している。

 そんなボケやすい気風をつくっていくことで、少しは社会の中の「生きにくさ」のようなものが解消されればと思う。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 8

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第205号,2012年12月.

実践の糧」vol. 8

室田信一(むろた しんいち)


 あくまでも個人的な見解だが、地域福祉の実践と料理は似ていると思う。頭の使い方と心のもち方の話である。

 料理を作るためには、どのような材料が手元にあり、どのような調理器具がそろっているかを知る必要がある。地域福祉実践でいうところの地域力分析といったところだろうか。季節のおいしい食材を知り、その食材にとって最適な調理方法を考えることと、地域活動に参加する多様な人材の活躍の場を考えることは似ていると思う。たとえば、かぶがおいしい季節には、かぶのうまみを引き出す調理方法を考え、かぶにあう食材の組み合わせを考える。そのためには、一つ一つの食材をよく知ることが基本である。

 また、料理には下ごしらえが必要であるし、料理をいいタイミングで食卓に並べるためには時間を管理する能力も求められる。地域住民に集まってもらう会議やイベントを開催するときに、催しが滞りなく進行するように、そして参加者が気持ちよく帰路につけるようにイベント全体の流れをあらかじめ想定して、準備をする。必要な調味料や盛り皿がそろっていないと、せっかくの料理が台無しになってしまうのと同じように、会場設営から広報まで細心の準備が求められる。

 料理人にとっては、食べる人の気持ちを考えることが大切であるし、同時に健康にいい食事を提供することが大切である。食べる人の嗜好を考慮して献立を考えるように、地域にとってどんな活動が求められているかをアセスメントしたうえで、その活動が本当に地域にとっていいことなのかを判断することも実践家に求められる。栄養のバランスを考えるように、地域全体の調和を考え、老若男女みんなにとって住みやすく、かつ特定の人を排除しないような地域を目指して活動を展開するということである。

 ホームパーティーに呼ばれて、そこで手際よく手料理を振る舞う主催者の姿を見ると、きっといい実践家に違いないと思うことがある。戦後の日本の市民活動を担ってきたのがいわゆる「主婦層」であることは疑いようのないことであるが、そのことを鑑みても料理と地域福祉実践との関係は案外暴論ではないかもしれない。

 料理研究家の北大路魯山人は著書『料理王国』の中で、口先だけで「うまいもの」を語り、自分でそれをつくることをしない亭主を皮肉るストーリーを書いている。私には、理想ばかり掲げ、結局その理想を実現するための行動をとることをしない実践家を皮肉っているように読めてしまう。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 7

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第204号,2012年10月.

実践の糧」vol. 7

室田信一(むろた しんいち)


「プロセス(過程)とプロダクト(成果)の両方を得るためには、あらかじめ計画を立てる必要がある。」これは私がアメリカに留学していた頃の恩師であり、元・全米ソーシャルワーカー協会会長でもあったテリー・ミズラヒ先生が示されたコミュニティ・オーガナイジングのための原則の一つである。原則とは、いたって当然のことが書かれているものである。そのため、それを目にしてもあまり心に響くことはない。しかし、実践を積み重ねる中で、その原則がいかに重要であるか、またその原則を守ることがいかに困難であるかを痛感することがある。そのとき、原則の重要性が再認識される。

過程と成果はどちらも重要であるが、実践の場においてはどちらか一方を優先することが少なくないだろう。通常、過程とは主観的に評価され、成果とは客観的に評価される。過程を重んじるとき、参加者が満足しているかということを意識し、成果を重んじるとき、その活動が社会的にインパクトを与えるものかということを意識する。参加者全員が満足いくまで丁寧に議論を積み重ねることは多くの時間を要する。その一方で、社会的な評価は一定の時間的制約の中でくだされる。過程を重視しすぎることで、成果が伴わなくなり、結果として参加者の満足度が低くなることもあれば、成果を重視するあまり、参加者の満足度が低くなることもある。重要なことは、両者のバランスをいかに構築するかということである。

ミズラヒ先生はそのためには計画を立てることが重要だという。それも単に「計画を立てる」ということではなく、そのなかで1)現実に即した詳細な計画を立てること、2)初期に掲げた期待値を修正すること、3)計画にかかわる関係者と共に優先順位を定めること、4)誰がその計画を支持しているのかを明らかにすること、の4つの方法を提示している。

これもまた、当然のことのように聞こえるかもしれない。しかし、この当然のことがなかなかできない。できない理由をあげることは難しいことではないだろう。政府による政策の方向性が定まっていないからとか、人材が足りないから、地域特有のこじれた人間関係があるから、場合によっては、一度定めた目標を修正することはできないから、というがんこさが理由かもしれない。

そんな状態に陥り、方向性が見えなくなったときこそ原則が役に立つだろう。原則の中に、現状を打開するヒントが隠されているかもしれないし、自分たちの取り組みを再評価するための材料が埋まっているかもしれない。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 6

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第203号,2012年8月.

実践の糧」vol. 6

室田信一(むろた しんいち)


 今回はアメリカの「アドボカシーの日」について書きたい。

「アドボカシーの日」とは、社会サービスの受益者が中心となり議会を訪問する日のことである。私はニューヨーク市内のある地域において移民を対象に権利教育やコミュニティの組織化を推進するプロジェクトにかかわっていた。そのため、年に数回はバスをチャーターし、コミュニティの代表者数十名と共に州議会や連邦議会を訪問した。ニューヨーク市内には移民を対象に活動するNPOが多数存在し、同時にそれらのNPOを支援する中間支援組織がいくつか存在する。その中間支援組織が「アドボカシーの日」をコーディネートするのである。私は移民グループの「アドボカシーの日」にしか参加したことはないが、「高齢」や「若者」などの分野ごとに同様の活動が存在する。

 「アドボカシーの日」では何をするかというと、たとえばニューヨーク州では州議会があるAlbanyという州都を数百名におよぶ当事者が訪問し、州議会議員を表敬訪問する。訪問先の議員は通常移民コミュニティの支援に積極的な議員達で、グループによる訪問を歓迎してくれる。20人ほどのグループに分かれて議員の部屋に押しかけ、当事者を代表して、日頃の社会サービスによってどれだけ多くの移民の生活が支えられているか、感謝の意を伝える。さらに、中間支援組織が用意した政策案を提示し、それらの案に対する支持を求めるのである。政策案とは、たとえば現行のサービスを手厚くするための予算案や、移民の権利に関する法案等である。あたかもロビー活動のように聞こえるかもしれないが、アメリカではこうした当事者による訪問をロビー活動とは異なるものと定めている(ただし、同様の効果が期待される)。

 参加者の一日はめまぐるしく過ぎていく。朝5時にニューヨーク市を出発するバスに乗り、到着後に全体集会、その後30分刻みで次々に議員を訪問し、最後にメディアを集めて庁舎前で集会をおこなう。帰宅は夜中である。

 そのような「アドボカシーの日」を開催することで、議会の中に移民重視の政策を推進する気風がつくり出される。また、既存のサービスや制度を削減させないような抑止的効果も発揮される。

 一方で参加者は、自分たちが普段恩恵を受けている社会サービスがどのような政治的プロセスを経て提供されているのかを、身近なこととして理解することができる。

 このようにして、間接民主主義の仕組みを市民にとってより身近な仕組みになるよう生まれ変わらせることもソーシャルワーカーの大事な使命である。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 5

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第202号,2012年6月.

実践の糧」vol. 5

室田信一(むろた しんいち)


 今回は「動員」について考えてみたい。動員とはある目的のために人を集めることである。なぜ急にそのようなテーマを設定するかというと、最近『動員の革命』(津田大介)なる本が世間(特に若者の間)で注目されているからである。この本は、「アラブの春」や「ウォール街を占拠せよ」、また国内でいえば反・脱原発運動などの事例を挙げ、ソーシャルメディア(TwitterやFacebookなど)によって多くの人が動員され、大衆運動が世界各地で政治的インパクトを生み出している実態を描き出している。一昔前の動員のあり方は、組織の政治的影響力を維持するために集会などにメンバーを動員するものだが、そのように形骸化された動員に対して、ソーシャルメディアを使った動員は、メッセージに共感した個人が能動的に集会に参加する。それはあたかもお祭り騒ぎのようなにぎわいだという。

 私がアメリカのニューヨーク市でコミュニティ・オーガナイザーという仕事に就いていたことは連載の最初に述べたと思う。当時、別のNPOでコミュニティ・オーガナイザーとして勤務していた私の知人が、先の「ウォール街を占拠せよ」におけるスポークス・パーソンとして頻繁にメディアに登場し、運動の経緯やメッセージを発信していた。彼に限らず、実は多くのコミュニティ・オーガナイザー達が「ウォール街を占拠せよ」の活動に関与していた。彼(女)らは動員のプロであり、運動のプロデューサーである。

 私もかつては月に一度のペースでコミュニティのメンバー数十名を集会などに動員していた。その動員方法は意外と奥が深い。組合活動や地縁活動の動員にみられる、「各支部が必ず1名を動員すること」といった動員ではなく、あくまでも合意に基づく「参加」である。では、どのように参加を募るのか。それは対話であり、学び合いであり、リーダーシップの養成である。自分一人ではどうすることもできない社会の問題についてメンバー同士で意識を共有する機会を設け、意見を出し合う。集会に参加するという行為が、自分が目指す社会の形成に結びつくということを確認してはじめて、その人は動員されるのである。

 ソーシャルメディアを介して多くの人が動員されることで、社会的なインパクトが生み出されていることは、近年の運動の特徴かもしれない。しかし、その裏ではコミュニティ・オーガナイザーが綿密な計画を立て、対話によって紡ぎだされたネットワークを介して、運動の卵を育てている。

 クリックの蓄積だけでは社会は変わらないし、そのような「革命」は結局良い結果を生み出さないだろう。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 4

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第201号,2012年4月.

実践の糧」vol. 4

室田信一(むろた しんいち)

 


今号では私がニューヨークで最初に出会ったコミュニティ・オーガナイザーとのエピソードを紹介したい。199号でも書いたように、彼は私の留学先のニューヨーク市内で活動するNPOでソーシャルワーカーとして勤務しながら地域で別のボランティア活動をおこなっていた。私はそのボランティア活動に参加したことがきっかけで地域活動に関心をもつようになり、彼が修了した大学院へ進み、最終的には彼と同じ職場に就職して同僚となった。彼と出会わなければこんにちの私はないだろう。

ボランティア活動では主に多文化共生社会の実現を目的に、交流イベントの開催や新聞の発行、ワークショップの開催などをおこなっていた。そもそも私がこのボランティア団体を知ったのは、地元のレストランで突然コロンビア人2人に新聞記事のためのインタビューをされたことだった。たしか、「外国人のあなたが地域の公園の改修計画に意見することができると思いますか?」という内容だったと思う。その場で私は「留学生の自分が意見することはできないと思う」と答えたが、その質問が一晩中頭の中をめぐっていたことを覚えている。

数ヶ月後にはその新聞の編集に携わるようになり、できた新聞を路上で配布したり、ポスティングしたりしていた。新聞の編集を含め、そのボランティア活動で中心的な役割を担っていたのが私の師ともいうべきコミュニティ・オーガナイザーであった。

ある日、その彼(ここではマイクとしよう)とメキシコ人の別のボランティア(同様にホゼとする)と3人で新聞配布をしたあと近くの喫茶店でお茶をしていた。話題がホゼの仕事のことになり、お金をしっかり稼がないと自分も家族も幸せになれないと主張するホゼの話を私とマイクは共感しながら聞いていた。しかしマイクはホゼに対して「君のいっていることはよくわかる。ただ、僕は賛同しない」と切り返した。別に議論したいわけではなく、自分の立場を明確にしただけのことであるが、私にはそのマイクの態度が新鮮であった。喫茶店での会話であれば、にこやかにうなずいて聞き流せばいいのに、あえて自分の意見を主張した。さらに驚いたことは、マイクの話を聞いたホゼが、最終的にはマイクに同意していたことだ。

日々交わす何でもない会話が実は大切な価値観の擦り合わせの機会なのだと知ったと同時に、意見の相違を恐れず自分の立場を明確にすることが信頼できる人間関係の礎となるのだと学んだ。 

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

シリーズ『実践の糧』vol. 3

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第200号,2012年2月.

実践の糧」vol. 3

室田信一(むろた しんいち)


最近メディアなどで頻繁に取り上げられている気鋭の社会学者、古市憲寿氏の『希望難民ご一行様—ピースボートと「承認の共同体」幻想』を読んだ。読みやすい文体で現代の若者が抱いている世界観を若者当事者の視点から描き出している。失われた10年最後の年に、学卒後も生活基盤を親に依存する「パラサイト・シングル」という言葉が注目されるようになり、日本における若者研究が盛り上がりをみせた。日本経済の停滞、派遣労働など不安定雇用の増加、セーフティネットの機能不全といった日本の社会問題と同調するかたちで、近年の若者研究者は若者が直面している「不幸な」状況を描き出すことを試みてきた。それに対して古市氏は異なる視点を提示している。古市氏によると現代の若者は、先進国日本が築いてきた遺産を享受し、そこそこ幸せな生活を送ることができている。しかし大人からは、志を高くもち日本社会を良くしていくことを求められている。現代の若者は、そうした「解決策のない難問」を突きつけられながら希望をあきらめる機会を逸してしまっているという。つまり、社会を変えるなどという大志さえ抱かなければ、日本社会は若者にとってさほど悪い社会ではないというのが氏の主張である。

なかなか斬新だ。古市氏のこの主張に共感する人はどれほどいるのだろうか。むしろ、共感する・しないが若者と大人の境界線なのかもしれない。筆者はどうかというと、以前は共感していたかもしれない。日本のような希望のない国でつぶされるのはごめんだと思っていた。誰の目から見ても社会の歯車がずれているにもかかわらず、誰もそれを正そうとしていない。高校生の私の目に日本社会はそう映り、アメリカ留学を決心した。古市氏が著書の中で取り上げているピースボートに乗船する若者と動機は変わらなかったように思う。

しかし、私が乗り込んだ「ボート」は世界周遊で終るものではなかった。そこには本気で社会を変えようと、草の根の活動を繰り広げているニューヨーカーたちがいた。ニューヨークという資本主義の象徴のような街で、人間味あふれる地域の実践によって現実社会を少しずつ変えている老若男女がいた。私が思うに、希望とはそういうものだと思う。社会は簡単には変わらない。そんなことはみんな分かっている。それを分かったうえで、今自分にできることに取り組み、同じ志をもつ人間とビジョンを共有する。そこにあるのは「あきらめ」ではなく、まぎれもなく「変革の一歩」である。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。