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掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第200号,2012年2月.

実践の糧」vol. 3

室田信一(むろた しんいち)

 


 

皆さんは夜中に暴走族の騒音で目が覚めたらどう思うだろうか。その反社会的な行為に腹を立てるだろうか。私の場合「お、やってるな」と微笑ましく思う。なぜなら彼らが奏でる騒音はこの生きにくい社会に対する彼らなりの痛烈な批判であり、メッセージであるからだ。世の中に不満を抱えていても、それを堂々と表現することは容易ではない。つい愚痴っぽくなったり、発散する機会がなく鬱屈したり、殻に閉じこもったりしがちだ。こんにちの日本社会で不満を堂々と表現することは珍しいことであり、それを組織的かつ継続的に実践する彼らを頼もしくも感じる。しかし、彼らの手法は俗にいう「反社会的」なものであり、ときに法に反するものであるため、政府の取り締まりにより中断されることがしばしばである。もし彼らが本気で社会を変えたいと思うのであれば、彼らが選んでいる戦略は必ずしも効果的なものとはいえない。
私が留学先のニューヨークで初めて出会ったコミュニティ・オーガナイザーは本気で社会を変革しようとしていた(そして今もしている)。彼は日本の暴走族同様、彼を含む多くの人にとって生きにくい今の社会に憤慨しているが、彼がとる戦略は暴走族のそれよりもずっとずる賢いものだ。第一に彼は法を犯すことで自分を不利な立場に追い込むことはしない。むしろ、これまでに人間がつくってきた社会のルールにのっとり、そのルールを最大限に活用する。さらには、そうしたルールを決定する人間をも仲間として引き込む。完全な仲間になれないのであれば、合意を形成し、期間限定の協力関係を構築する。
彼は自分の行為や言動に対して真摯で、新たな知識を得ることにどん欲で、そして人の可能性に対して前向きである。多くの人に愛され、信頼し合える仲間に囲まれている。彼が望みさえすれば社会的な地位や名声を得ることは難しくないと誰もが思う、そのような人物だ。しかし、彼は地位や名声に微塵の興味も示さない。
彼は知り合った当時から今に至るまでニューヨーク市内の福祉系NPO(セツルメント)で勤務している。その彼がNPOの仕事以上に熱心に取り組んでいることは地域でのボランティア活動だ。彼はそのボランティア活動をとおして社会を変えようと試みている。彼は社会とは変えられるものだと信じ、そのための確実で具体的な方法を探りながら生きている。もちろん非暴力的な方法だ。次回はそんな彼とのエピソードをもう少し書きたいと思う。
最近メディアなどで頻繁に取り上げられている気鋭の社会学者、古市憲寿氏の『希望難民ご一行様—ピースボートと「承認の共同体」幻想』を読んだ。読みやすい文体で現代の若者が抱いている世界観を若者当事者の視点から描き出している。
失われた10年最後の年に、学卒後も生活基盤を親に依存する「パラサイト・シングル」という言葉が注目されるようになり、日本における若者研究が盛り上がりをみせた。日本経済の停滞、派遣労働など不安定雇用の増加、セーフティネットの機能不全といった日本の社会問題と同調するかたちで、近年の若者研究者は若者が直面している「不幸な」状況を描き出すことを試みてきた。
それに対して古市氏は異なる視点を提示している。古市氏によると現代の若者は、先進国日本が築いてきた遺産を享受し、そこそこ幸せな生活を送ることができている。しかし大人からは、志を高くもち日本社会を良くしていくことを求められている。現代の若者は、そうした「解決策のない難問」を突きつけられながら希望をあきらめる機会を逸してしまっているという。つまり、社会を変えるなどという大志さえ抱かなければ、日本社会は若者にとってさほど悪い社会ではないというのが氏の主張である。なかなか斬新だ。
古市氏のこの主張に共感する人はどれほどいるのだろうか。むしろ、共感する・しないが若者と大人の境界線なのかもしれない。筆者はどうかというと、以前は共感していたかもしれない。日本のような希望のない国でつぶされるのはごめんだと思っていた。誰の目から見ても社会の歯車がずれているにもかかわらず、誰もそれを正そうとしていない。高校生の私の目に日本社会はそう映り、アメリカ留学を決心した。古市氏が著書の中で取り上げているピースボートに乗船する若者と動機は変わらなかったように思う。
しかし、私が乗り込んだ「ボート」は世界周遊で終るものではなかった。そこには本気で社会を変えようと、草の根の活動を繰り広げているニューヨーカーたちがいた。ニューヨークという資本主義の象徴のような街で、人間味あふれる地域の実践によって現実社会を少しずつ変えている老若男女がいた。
私が思うに、希望とはそういうものだと思う。社会は簡単には変わらない。そんなことはみんな分かっている。それを分かったうえで、今自分にできることに取り組み、同じ志をもつ人間とビジョンを共有する。そこにあるのは「あきらめ」ではなく、まぎれもなく「変革の一歩」である。

 

※掲載原稿と若干変更する場合があります。