シリーズ『実践の糧』vol. 9

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第206号,2013年2月.

実践の糧」vol. 9

室田信一(むろた しんいち)


 最近ある面白い本を読んだ。槙田雄司氏による『一億総ツッコミ時代』という本だ。お笑い芸人でもある著者によれば、現代の日本にはダウンタウンなどのお笑いから派生した「ツッコミ」文化が2ちゃんねるやツイッターといったネットメディアにも蔓延し、その結果日本国民が日常的にあらゆることにツッコミをいれる社会になったということである。ネット上で「炎上する」というのは、まさにそうしたツッコミの集中砲火であるし、いじめも同様に理解することができる。

 著者曰く、ツッコミをいれるという行為には、他人の落ち度を指摘するという意味と共に、実は他人の揚げ足を取ることで自己を防衛するという側面があるという。もちろん、大阪人としては「ボケ」に対して「ツッコミ」をいれることが礼儀であり、いいツッコミをいれるには、高度なコミュニケーション能力や相手に対する配慮が必要であるし、それでこそ愛のこもったツッコミができるという側面もある。

 著者はむしろ、愛のこもってないツッコミが蔓延していることと同時に、ボケることがしにくい世の中の雰囲気を案じているようである。著者が言うところのボケとは、ベタなことをするという意味である。家族で幸せな休日を過ごすとか、好きなことに夢中になるといったことである。確かに、現代の日本ではそういうベタなことをしていると、他人からツッコミをいれられるような気がして隠してしまいがちになる。

 そこで思ったことは、自分が福祉関係の仕事をしているとか、人々が幸福に生きていく社会について真剣に考え、そうした社会の実現に向けて日々取り組んでいるということを、福祉と関わりのない人の前で話すことをどこか避けているということである。例えば高校の同窓会に顔を出したりすると、福祉の仕事をするうえで大切にしている価値を友人に理解してもらえないのではないかという気がして、あまり触れてほしくなさそうに、つまりツッコミをいれてほしくなさそうに、自分の仕事について話してしまう自分がいる。

 著者の理論でいうと、福祉の実践とはまさにボケ中のボケである。そして著者は、日本国民はもっとボケる必要があるといっている。ものごとを遠くから眺めて、メタな視点から評論家面してツッコミをいれるのではなく、そのベタなものにどっぷり浸かり、堂々とボケていいのではないかと提案している。

 そんなボケやすい気風をつくっていくことで、少しは社会の中の「生きにくさ」のようなものが解消されればと思う。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

実践の糧