シリーズ『実践の糧』vol.53

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第250号,2020年6月.

実践の糧」vol. 53

室田信一(むろた しんいち)

私が留学していたアメリカの大学院の授業で、集団の意思決定について議論したことを覚えている。コミュニティ・オーガナイジングの授業であるため、学生も教員も民主的な手続きの重要性や一人ひとりの参加に基づく合意形成の重要性について議論していたが、そこで教員が次のような問いかけをしてきた。「総意(コンセンサス)がみんなにとって望ましい意思決定方法であることには間違いないでしょう。しかし、火事場の前で消防隊員が時間をかけて全員が納得のいく結論を出すことをみなさんは望みますか。時と場合に応じて、特に緊急事態においては、総意が必ずしも全員が望む結果へ導くとは限らないのです。」

世界中が新型コロナウイルスの対策に追われる中、各国のリーダーによる強いリーダーシップを求める風潮が高まった。確かに緊急事態の時に、その国のリーダーが対策に迷って方針を示すことができなかったり、実行力が乏しかったりすると、さらなる惨事を招きかねない。しかし、緊急事態に便乗して、政府の権限を著しく強化する法案が可決されてしまったり、個人の自由を制限する政策が推進されるということが各国で実際に起こっていることを見過ごすことはできない。特に首相の権限を拡大し、非常事態宣言の無期限延長を可能にする非常事態法を可決したハンガリーの政策には、世界から批判的な目が集まっている。

確かに火事場の前で消防隊員が時間をかけて意思決定することを誰も望まないだろう。しかし、緊急事態においては、人は視野が狭くなり、誤った選択をする確率が高まる。だからこそ、一度決めた判断に対して臨機応変に必要な修正を加える機転と勇気が必要になる。消防隊のリーダーが誤った判断をしたために、全隊員が火事の犠牲になるようなことは避けなければならない。誤った選択をした後に、「ほら、だから言ったでしょ」とか「今更どうするんだ」「リーダー失格だ」というような批判は何も生み出さない。むしろ、次に何ができるかを考えて、リーダーがリーダーシップを発揮して、状況に応じたより良い判断ができるように促すことが周囲の人間ができることである。

緊急事態宣言は解除されたものの、地域の中ではいまだに三密を回避するような配慮が求められている。地域の活動においても、良かれと思う行動が、ソーシャル・ディスタンスを守らないということで「自粛警察」の警備対象になることもあり得る。事実、地域からは活動再開に対する慎重論が出ている。活動を再開することも、活動を自粛することもどちらも地域住民のことを思った故の判断であるにも関わらず、その両者で意見が対立することは悲しいことだ。リスクを犯す必要はないが、まずは何ができるかを考え、それをやってみて、修正を施すという作業が今は求められているのだろう。

アベノマスクは小さくて使い勝手が悪いので、評判は良くない。安倍首相も、やっぱりこれは使いにくいから別のマスクに変えますと言えればいいのだろうが、そのような発言をしたら集中砲火を浴びることになるのだろう。ちなみに我が家ではステイホーム中に藍染めキットを購入してアベノマスクを絞り染めにしてみた。今では小学生の息子のお気に入りのマスクになった。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

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