福祉マネジメント再考

日本に帰ってきて、民営化の流れがあまりにも強いことに驚かされる。これは福祉のフィールドに限った話ではないが、福祉のフィールドでは世間があまり注目していないうちに民営化がどんどん進んでいる。福祉における民営化というと、とかくNPOが挙げられることが多いが、実際には株式会社等の営利会社がその殆どである。居酒屋で有名な「和民」が福祉業界に進出したことは有名だと思うが、福祉の業界で利益を上げるということはなかなか容易ではないんじゃないかと思う。日本の社会もこれからは、貧富の差が広がり、福祉サービスにも質の高低が出てくると思われるが、まだまだ至上主義的要素は薄く、家族では面倒見切れなくなった個人(認知症高齢者や障害者など)に対して、福祉サービスを利用するというように、あくまでもインフォーマル・ケアを補うものとして捉えられている。
そういった中、これから福祉のビジネスを成り立たせるためには、特に裕福層に対して質の高いサービスを提供することが経営者の考えるところと思われる。1970年代から続いてきた「措置型」の福祉国家的福祉では、財産の有無に関わらず、国の保障の下、「平均的」な事業を行うことで福祉ニーズを埋めてきたが、近年では社会福祉基礎構造改革により、新たにマネジメント能力が求められるようになってきている。
以上のような流れの中、最近ではコミュニティビジネスと言う考え方も注目を集めている。北欧ではソーシャルエンタープライズなどと呼ばれているようだが、これは、地域密着型の社会サービス提供体で、「社会的な目的を持ち、民間の価値観の上に存在」する。何だか、ややこしい話だが、これが何でややこしいかと言うと、我々の多くは「政府」「企業」「民間」といった縦割りの構造が骨までしみこんでしまって、その枠組み以外では物事が考えられなくなってしまっているからだと思う。結局、コミュニティビジネスって言うのは小地域で需要と供給をマッチする仕組みづくりということだと思う。小地域で経営を行うときに、極端な営利目的では経営は成り立たないわけで、そこには地域における人間関係や、環境に対する配慮など、モンスタービジネスが行ってきたような利己的かつ極端な営利目的の経営は成功しないと言うことである。なかなかそう単純なものであるとは思えないけどね。
必要原則に基づいた、コミュニティビジネス的なサービス提供は需要と供給のバランスが整っている間はいいが、貧富の格差が広がることで、必要が満たされない事例が増えることが予測される。そうなったときに、コミュニティビジネスはどういった動きに出るのだろうか。
・「公益性」という価値観の下、あえて貧困層のニーズを補うことで経営を成り立たせることができるのか。
・「社会正義の専門性」を持って、経営困難であれ、社会の不平等に対して働きかけるのか?それは民間の価値観から成り立つのか?
・事業を進める上での「事業団体・組織の民主制」はどのように保たれるのか?
多くのコミュニティビジネスは、発起人のユートピア思想を伴ったエリート的なエゴによって成り立っていることが多い。そんでもって、そのエゴのおかげで、社会変革を導くような一大貧困層救済プロジェクトが成り立つことも大いにありえるし、長期に渡りコミュニティの安定を築くような事業に発展してきた例もある。しかし、1人のカリスマができることは限られているので、大切なことは「ビジョン」の共有であり、事業運営の方向性を振り返り、状況に応じて変化することができるメカニズムであると思われる。
それって、結局COの理念なんじゃないかなぁ。コミュニティビジネスって言う名前ばかりが先行して、気軽に始められるビジネスみたいにNPOや1円企業がじゃんじゃか生まれてるけど、その中にどこまでCOの理念が入っているのだろうか。どうすれば、COの理念がコミュニティビジネスに浸透するかを真剣に考えなくてはいけないなぁ。ずうずうしいかなぁ。

社会貢献って?

いろいろあって,4月から大阪府社協社会貢献支援員として働くことになった。そのいきさつはいいとして,とりあえず,現場に入るということは,さまざまなことを学べるし,影響を受け,考えさせられる環境に身をおけるわけだ。実際に,まだ仕事は始まっていないが,研修を兼ねて,支援員の方のお話を聞いたり,会議に出させてもらったりしていると,早速いろいろな学びがあった。

社会貢献支援員の仕事は,大阪府内の老人福祉施設部会が新たに始めた,コミュニティ・ソーシャルワーカーを中心とした,社会貢献事業のサポート的役割であるが,この事業を一言で説明すると,「制度の間を埋める活動」となる。既存の福祉制度では解決,または対処できない今日的な社会問題が多くなってきている中,実際に福祉の現場にいるソ?シャルワーカーが柔軟に対応して,必要であれば,特別に集められた基金を使って金銭的な支援も一時的に行うというものである。とても画期的な事業であり,今日的社会問題の氷山の一角を解決するような仕事であると思う。そして,そうした氷山の一角は,社会の課題を浮き彫りにしてくれるものと思っている。

それにしても,社会貢献事業とは面白いネーミングと思う。というか,的を得たネーミングといいたい。福祉事業者や福祉従事者は,その仕事内容自体が「人のため,社会のため」の仕事であるため,仕事の幅を超えた更なる社会貢献活動など求められていないように思われるが,そうした福祉に対する見方も近年変わりつつある。20世紀後半にみられた「措置型」の福祉は「契約・利用型」の福祉へと移行し,福祉事業者にも経営能力が求められ,まだまだ規制はあるにせよ,より市場原理の介入が進んできている。そうしたなか,規制緩和により,福祉施設運営母体は社会福祉法人に限らず,民間企業の参入も進み,その利益をより社会に貢献するために利用するということは自然なこととなった。福祉(人々の幸福の向上)を牽引するプロフェッションとして,率先して社会貢献事業を進める大阪府の老人福祉施設部会には,いやはや感心させられます。模範ですね。

それにしても,「社会貢献」とはなんだろう?よく,ボランティア活動は社会貢献活動と言われるけど,社会に貢献する方法はたくさんあると思う。何よりも,社会に貢献するためにはまず1)社会の一部であるという認識が必要で,さらに,2)社会の必要の把握,そして3)行動という順序があると思う。ボランティア活動が一般的に評価される所以は,この三段階のステップの最終ステップであるため,最初の二つのステップが成り立っているという理解の下にある。これは,たいていのボランティア活動において,正しいと思う。また,最初の二つのステップが欠けていても,ボランティア活動を通して,最初の2ステップを自然と身に付けられることもある。おそらく,ボランティアの価値とは,実際の活動における成果と,活動を通して得ることのできる社会性との両方にあるように思う。

さて,話はそれたが,ボランティアに限らず,社会貢献とは上で挙げた三つのステップの上に成り立つものと考える。社会の一部としての認識のない社会貢献は,実は個人貢献だったり,企業貢献だったりと,えらく利己的になってしまう。また,社会の必要が把握できていなかったり,社会の必要を無視しては,社会貢献とは考えにくい。でも,ここで難しいことは,何をもって,社会の必要を満たしているかということである。個人主義色の強い今日では,人々が求めていることが必ずしも社会全体の向上につながるとは限らない。例えば,車で人々が移動することは必要だが,環境汚染や,公害を考えると,車での移動は控えたほうがよいとか。また,技術の進歩や生活習慣・文化習慣によって,必要原則が著しく変化することもある。こう考えると,ますます「社会貢献」を定義することが難しくなってきた。大阪府での社会貢献事業も,人によっては「社会貢献」と思わない人もいるかもしれない。でも,そんなこと言っていても,何も始まらないから,社会性を持って,行動することに限るね。

団塊の世代

先日,知人からとても印象的な話を聞いた。あるアルコール依存症の日本人男性が,生活保護の申請手続きをしようとしていたらしい。この男性は,両親のそばを離れて,自立生活をしようとしながらも,なかなかうまくいかず,自分で会社を立ち上げるもうまくいかなかった。格差社会といわれる今日,彼の人生は「負け組」と見られるかもしれない。しかし,彼に最初に負け組の烙印を押したのは,彼の父親であった。取得が比較的簡単なある資格を取った男性が,両親に資格取得の報告をしたところ,父親から,「そんな資格くらいしか取れないのだから,お前はいつまでたっても,だめなんだ!」と一蹴されたらしい。きっと,この男性としては,自分の努力を認めてほしかったのだと思う。資格どうのこうのよりも,何よりも親からの精神的サポートを請けられなかった男性の心の傷は深いと思う。ある意味,この父親の一言が彼のその後の人生を大きく左右するものとなったように思える。

この父親が,団塊の世代かどうかはわからない。おそらく,団塊の世代よりは年配だと思うが,戦後の日本を築いてきた世代であることは間違いない。僕は,今日の社会的問題の多くは団塊の世代の目から見た問題であると思う。戦後の日本の歴史は団塊の世代と共に歩んできて,今まさに団塊の世代と共に心中しようとしている。団塊の世代の価値観が,日本の価値観であり,新たな価値観はいまだに排除されてしまう社会構造にある。

団塊の世代は,戦後の何もない時代から,さまざまなものを生み出し,作り出し,日本を盛り上げた。それは事実として何の疑いもない。ただし,日本のビジョンは,その当時団塊の世代が創り出した,ある意味カタルシス的な,泥沼からはいつくばってでも,ご飯をたくさん食べられる生活を求めるような,生活の質の向上というよりは,マテリアル的欲求を満たすような,そんな幸せ絵巻だったような気がする。

この価値観は,戦後の何もない状態の上に成り立っていて,その当時得られなかったものを得るという,Missing Pieceを埋めるというカタルシス的なエネルギーから来ている。これと同じ価値観を,その幸せ絵巻の中の登場人物として生み出された,団塊ジュニアの世代が引き継げるかというと,困難であると思う。幸せ絵巻の登場人物のルーツは,あくまでも幸せ絵巻であり,団塊の世代が探していたMissing Pieceが最初から埋まっている状態にある。そうした団塊ジュニアに団塊の世代と同じ価値観を求めるという発想自体が無理であり,不幸を生み出してしまう。

今日的社会問題は,団塊の世代の目を通して「問題」と位置づけられているが,当事者の視点(今回の話では団塊ジュニアの視点)が入っていないように思える。というよりも,社会の価値観=団塊の世代の価値観であるがために,偏った意見が生み出されている。この価値観も少しずつ変わってきているが,次の世代が奮起しない限り,又は,絶対多数決で団塊の世代プラスマイナス10年くらいが少数派にならない限り,変わらないものかもしれない。民主主義の落とし穴にうまくはまってしまった形である。結局,僕ら日本人は,いまだに民主主義を上手く使いこなせていないように思える。

COにとっての政策とは何だろう

先週、同志社大学で行われた日本社会福祉学会の政策・理論フォーラムに参加してきた。4月から同志社大学の博士課程後期へ進学が決まり、ついでに日本社会福祉学会日本地域福祉学会に入会し、さらには今回のフォーラムを取り仕切っていたのが、僕の指導教授ということで、参加必須条件が整いすぎていたので、参加してきました。今日の日本における社会福祉の全体像を学ぶにはうってつけでした。
まぁ、今回のフォーラムが「政策・理論フォーラム」というだけあって、近年の社会福祉政策の動向を踏まえながら,高齢,障害,児童,貧困という対象分野別,地方分権,制度改革,社会的排除という今日的キーワード別に,それぞれのフィールドで日本の社会福祉を引っ張る主要な先生方の報告となった。
その中でも,地方分権については関西学院大学の牧里先生が,地域福祉計画を軸に政治的なインパクト,システム化への影響,自治体行政への影響について話された。なるほど,今まで政策という切り口で地域福祉計画を考えたことがなかったけれど,確かに地域福祉計画とは福祉の理念を地域レベル(自治体レベル)で,住民参加型を促しながら進める,ひとつの政治的な方法であるということを学んだ。
地域福祉計画は,英語で言うところのCommunity Planningに当たると思うんだけど,これは,住民や当事者が社会政策の決定プロセスに参加することで,より民主的な政治を促進するというCOの一手法である。しかし,ここで言う政治とは英語ではpoliticsなわけで,小文字のpのpolitics,つまり,広義の政治なわけだ。それと反対に,狭義の政治(Politics)とは代議士制で行われている政治を指して用いられる言葉である。日常会話で「政治」というと狭義の政治を指して用いられていると思う。狭義の政治は絶対多数決の要素が濃いため,対立的な考えになってしまう。政治の話になると,解決の見えない意見のぶつけ合いになりがちだが,それは狭義な政治における解決を求めているからであり,民主主義の複雑さを無視したような考え方にも取れる。そうした,政治的な決議を経て決められた政策は,当然すべての国民(市民)が満足するようなものではない。
こうした今日的民主主義政治の役割をより強化するため,つまり,より広義の政治に近づけるためには,住民・当事者の参加が必須である。そういった意味では,COにおける住民の組織化からエンパワメント活動,Community Planning,Community Developmentなどの手法はそれ自体が,広義の政治の重要な要素であり,社会政策が機能するためには絶対不可欠な条件であると思う。つまり,COにとっての政策とは参加を意味し,実践を意味し,賛同と反対を意味するものである。

東京ボランタリーフォーラム

先週末は東京ボランティア・市民活動センターが主催した東京ボランタリー・フォーラム2006に参加してきた。実際には、参加するだけではなく、「地域の拠点」という分科会でニューヨークでの経験の事例報告(パワーポイント)をさせていただいた。日本に帰国して7ヶ月過ぎても、「昔取った杵柄」である。20名の参加を想定して行ったこの分科会は、ふたを開けてみれば30余名の参加、しかも老若男女さまざまな人に参加していただけた。当初は、若い人の参加を予想していたが、高齢者の方もたくさん参加され、定年退職後に地元で事業を始められた方など、とても参考になる話を聞くことができた。
最近、アルバイトで特別行政法人福祉医療機構から過去に助成を受けた団体のヒアリング調査を行っているけれども、何よりも感心することは、助成を受けた中でも、優良事例として取り上げられている団体の中心人物(リーダー)の多くが中高年の女性という点である。中高年の女性には代表役がふさわしくないということではない。むしろその逆で、中高年の女性たちが、長い年月をかけて思いを形としてきた活動がさまざまな形として実り、今日の市民社会を支えているという事例を多く見て、こういったアクター抜きでは今日の市民活動は語れないと思った次第である。
今回のフォーラムでも、まだボランティアや市民活動暦が浅い人なども、積極的に新しい取り組みを行っていたり、新たな発想で周囲の人の参加を促したりと、多くの地に足のついた事例を聞くことができた。もちろん、成功話と同じくらいの苦労話も絶えないわけで、どちらも含めて、それぞれがお互いの思いに対して共感していた。今回の分科会を一緒に行った、墨田区、興望館の館長さんもおっしゃっていたが、フォーラムの重要性とはその内容はもちろんのころ、第一線で事業に取り組んでいる人たちが思いを共有することに意義があるんだと。まさにそのとおりだと思う。Self-Supportが必要なのは、社会的な弱者だけに限らない。福祉事業に取り組んでいる人たちも、お互いの思いを共有することで、エンパワーできる。そういった意味では、今回のフォーラムは僕自身がエンパワーされた会であったし、多くの人が同じ気持ちで帰路についたと思う。
こういった会が、より身近に行われることで、市民社会を支える人材が育っていくんだろうと思う。アメリカでも、Community ForumやTown MeetingはCOテクニックとして、多くのオーガナイザーが重要視している。また、世界的にもWorld Social Forumなどの国際的なフォーラムが行われていることを考えると、こうしたフォーラムというのは21世紀の市民社会形成において、必要不可欠なツールなのかもしれない。

We speak the same language

さて、このブログもすっかり御無沙汰になってしまいました。というのも、最近は福祉の現場からずいぶん遠ざかってしまってるからなんだよね。NYでの仕事を辞めて、ちょうど8ヶ月くらい経ったかな。
日本に帰ってきてから、福祉のフィールド、NPO、市民活動、行政、研究などの現場を見てきて、いろいろ勉強させてもらっているけど、やっぱり自分がフィールドにいないと何で福祉について考え、学ぶ必要があるのかがわからなくなってきてしまうような気がする。でも、日本に帰ってきてから友人などサラリーマンの生活の現状を見てきて思ったのは、夢も希望もない雇用状況だけど、今はとりあえず働くしかないといった悲壮感に満ちた生活状況を何とかしたいなということです。(僕の勝手な理解なのかもしれないけどね。)そんなこと言っても、今の日本の経済状況からして、贅沢は言ってられないとか、そういった議論ではなく、選択肢と機会のある社会になればいいとおもう。選択肢が無くて、不満を抱えた現状を維持することしかできないという状況が一番苦しいとおもう。
まぁ、そういった気持ちを持ちながらいろいろ考えているけど、結局何もできていないから、内側と外側のバランスが崩れてきつつあります。その結果が、「言語」の問題なのかなとおもう。
ここでいう「言語」とは人と人が繋がるための思考回路といったことだけど、もっと平たく言えば、相手の気持ちになって話ができるかということだとおもう。これって、オーガナイザーにとってはすごく大切な資質なんだよね。英語の表現で”We speak the same language”という言い回しがあるけど、これは「英語」をという言語を話しているということではなくて、例えば、初めて誰かと出会って話をしていると、同じ思考でものを考えていることにお互い気づいて、すっかり一致団結したときにこういう言い回しをよくします。
福祉のフィールドに限らず、人と何かを協力して行うということは、お互いの意思の疎通がとても大切で、ましてや福祉となると、とかく慈善活動と受け止められがちなだけに、当事者とソーシャルワーカーの間の関係でどこまで感覚を共有できるかというのはひとつの課題であると思う。ソーシャルワーカーの立場としてセツルメント・ワーカーのように現場に住み込んで(昔の話だけど)当事者の立場に立って物を考えるというアプローチもあれば、ケース・ワーカーのように自分の担当するケースから一線を引いた立場を重要とする考えもある。
しかし、オーガナイザーにとって、多くの人と感覚を共有できることって、大切な資質だと思う。オーガナイザーの役割とはコミュニティの声や隠れたニーズを読み取り、ひとつの声としてまとめることで、個人では解決不可能な問題に対して働きかけるための触媒のようなものだと思っている。しかし、その触媒がさまざまな要素と反比例していたのではいつまでたってもコミュニティはひとつにまとまらない。だからこそパートタイムのオーガナイザーなんていうのはありえないわけである。
そういう理由からか、現在自分がフィールドを持っていない状態がどうもしっくりこない。誰のためにどういった活動をして、自分がどのように成長するべきなのか見えてこない。ちょっと脱線するけど、中学や高校で受験勉強をしろといわれてもまったくその気になれなかったのは、誰のための勉強かと言うのがわからなかったからだと思う。想像力の欠如なのかもしれないけど、自分の能力が誰かの生活向上に役立つというつながりが見えないと、何のために勉強するのかが見えてこなくなる。それもLanguageにつながると思うんだよね。
いくら高度な社会福祉政策などを学んでも、いざ現場にそれをもって行く際に全く違ったLanguageに変えないと当事者には全く通用しない。当事者が理解できない限り、参加型のまちづくり・民主主義なんてものは成り立たない。だからこそ、オーガナイザーの触媒としての役割って言うのは大切なんだな。
最近現場から離れて、勉強ばっかりだから、だんだん現場のLanguageを話せなくなってきている。早く現場に着かないとな。

住民参加の手法(公聴会)

先日東京都A市の福祉計画公聴会に参加してきた。英語ではPublic Hearingといわれるもので、NYにいたころは何度か参加したり、時間をもらって話をしたこともある。NYにいたころはなんとも形式的なものだと思っていた。
しかし、そんな形式的なものでも公の場で何かを発表するということは影響力があるので侮れないところはある。
ア メリカの風土、特にNYでは、実力主義が強く、英語が話せなかったり、公の場で 意見述べることができなかったりすると、その存在すら無視されがちだが、ひとたび公の場に出て、意見を述べるとその存在は一気に評価され(もちろん内容に もよるが)一躍社会への影響力を発揮することになったりもする。そこには人種差別が存在するものの(たとえば、白人男性だと、公の場で意見をすることが自 然だが、非白人女性だと、いい面でも悪い面でも特別視されたり)、しっかりしたプレゼンテーションをして、メッセージを伝えることができて、芯が通ってい ればそれが誰であれオーディエンスは評価するという風土が存在すると思う。よく、アメリカの映画で人種差別が強かったり、村八分の社会で孤立した存在の人 間が四面楚歌に関わらず堂々と意見を述べて、観衆の心を捉えることでスタンディングオーベーションを受けるシーンで感動を呼んだりするが、まさにあの風土 は存在するものだと思う。
それはさておき、日本の公聴会と呼ばれるものもやはりとても形式的なものであった。
有識者が発表を行い、住民(福祉の場合、主に受益者)が意見を述べたり、質問したりする。しかし、行政側は意見や質問に対しとりあえずその場しのぎの答えを用意するだけでダイアログに発展しないし、させようともしていない。結局はOppressor-Oppressedの関係がそこには築かれていると思う。
もともと住民参加を通して、公共政策の計画を作るという考えは近年とても重要視され「小さな政府」に則して市民参加を促すひとつの方法である。実際に民主主義の原点はそこにあると思う。
ただし、この公聴会という形式が本当に民主主義に結びついているかというと疑問である。
実際に公聴会を行っている行政も、あまり意味のないことだと感じていると思う。しかし、今日の公共政策で公聴会を催さない計画作りというのはありえないという義務感から、とりあえずの口実作りとして公聴会を催している感がある。
それでも相当数の住民が参加しているわけだから大したものだ。あながち住民参加の意義は否定できない。しかし、その公聴会場を後にした住民のどれほどの人が行政とコミュニケーションを取れたと感じて帰路についたかしれない。なんともいえないペシミズムがそこには存在する。
あまり意味のないことと思いながらも、公聴会を開く行政と、とりあえず与えられた機会を利用しようと参加した市民(受益者)はお互い進歩を感じないまま家路に着く。
そ こで何よりも必要な存在はオーガナイザーだと思った。参加した住民がひとつにま とまっている気がしないし、だからこそばらばらの利己的な意見が飛び交うに過ぎない。それに対応する行政も仕方がなしに発展性のない対応を迫られる。 Lose-Loseシチュエーションである。行政としては、住民参加を望んでいるのだから、行政に対して文句を言うよりもどんどんプラスに転じるような意 見を、また責任ある発言を望んでいるわけだが、所詮公聴会という場では難しいこと。計画自体は、市民の有志を募って委員会を構成してはいるが、公聴会を開 くことでその計画のプロセスがより民主的になっているようには思えない。
それではどういった対応ができるだろうか。私ならこのように考える。

公聴会を有意義なものにする方法
1)計画に参加している市民の代表委員に発表を行ってもらう。
委 員がより積極的に計画に参加する意味でもリーダーシップを触発する意味でも、こ れは最も有効的なやり方だと思う。もし,ここで発表できないようなら,委員が何なために計画に参加しているのか分からない。有識者が発表できるというのは 当たり前。その有識者の方々は横でサポート的な役割をこなすだけで、場の中心にいる必要はない。
2)参加した住民同士がディスカッションできる時間を用意する。
100 人以上が参加している場なので現実問題難しいかもしれないが、10分でも 15分でも、周りの4,5人がグループディスカッションをする時間があってもいいのではないか。また、そこで話し合われた内容を発表してもらうことで、個 人個人の利己的な意見ではなく、複数のコンセンサスから生まれる公の声を得ることができるのではないか。
3)参加した市民に評価を求める。
ア ンケートを用意するだけでなく、承認投票等を用意して実際に参加した市民が今ま での計画のプロセスを評価させることで公聴会への参加の意義がより高まるし、発表者にとっても真剣勝負になる。行政と住民の責任ある参加で始めて成り立つ 公聴会となり、形式だけの話し合いではすまなくなる。

以上の3点はどれもとても難しいことだと思うが、実際にやってみるといいと思う。
何よりも、無責任で利己的な住民の参加を促すような公聴会とは違うエネルギーを作り出せるんじゃないかな。MandatoryではなくProgressiveなものにね。

セツルメント≒NPO?

先日墨田区の興望館で行われた東京都城東地区地域福祉施設協議会のセツルメント研 究会なるものに参加させていただいた。しかもよりによってお題は「NPOの現状と課題及び社会福祉法人のこれからについて」だった。まさに僕が帰国してか ら考えてきたことである。何よりもうれしかったのはそこで中心になって会を進めている人たち(かなり高齢の方々が多かった)は僕とまったく同じ気持ちを 持っているということである。どういった気持ちかというと、福祉の原点に返って福祉を捉えているという点である。なぜ、どのような形で福祉が必要なのかと いうところに常にこだわって福祉を考えている。だからこそ、今までの福祉に対してのアンチテーゼとしてNPOが紹介されることが多かったが、今回の研究会 ではではどちらかというとセツルメ ントこそNPOの原点であるというアプローチ。つまり、いつものNPOは柔軟性があって、先駆性があって、ニーズをもとに行われていて、福祉は規制や保護 の下、委託事業を行うだけという一辺倒な考え方は当てはまらないわけである。だからとても内容の濃い話し合いが行われた。
この会に参加して僕が強く感じた点は二つ。これは今までもCO道の 中 で書いてきたことだけど、地域福祉の原点である地域住民の組織化によるSocial Capitalの構築という部分でセツルメントのような団体が担う無形の価値はなかなか福祉団体に対する評価として測りにくいものであるということ。測り にくいがために住民の組織化に対する財源の確保ということがもっとも困難となる。よって、たとえばNYのセツルメントを含めたCommunity Based Organizationのほとんどはフルタイムのオーガナイザーを雇うことは難しいという現状。つまりはその活動のほとんどが委託事業となってしまって 実際の住民のニーズ調査やそれに基づいた住民主体の福祉が行えていないのが現状である。
もう一点は、最初の点とかぶるけれど、日本ではこれから指定管理者制度が 始まり、多くの福祉NPO法人が委託事業を行うべく競争することになるわけだが、これによって心配されることは結局はパイの奪い合いになるということ。同 じ財源、又はどんどん減っていく財源の中でそのパイ全体をとらえることなく、自分の分け前を大きくしようとしても結局は福祉全体の向上にはつながらないと いうこと。さらに付け加えると、生存競争のための質の低下ということも見据えなくてはいけない。ここで大切になってくることが福祉の倫理観というものであ る。福祉に携わるものは理由なくして福祉を進めているわけではない。そこに基盤となる価値観が存在して初めて「人が行う福祉」が成り立つわけである。
コミュニティー・オーガナイザーの役割は本当に重要になりそうである。
さて、もう一点気になったことを書いておくと、よくNPO関係の人が使う「市民」という言葉である。何かというと「市民が中心となって」と言うが、これは誰をさして市民と言っているのかがまったく不明である。たとえば練馬区には68万人の区民が住んでいるが このうちの何人をさして「市民」と言っているのであろうか。僕には政府と関係のない部分で、地域中心の活動をアクティブに起こしている限られた人達を指し てこの「市民」と言う言葉が使われているような気がしてしまう。つまり、多くのNPOは自分達の活動を可能にすると言うエゴイスティックな部分が多分に含 まれていると思う。ただし、これが政府の認める「公益」の範疇でのことなのでエゴとはとられないのだろうけれど、練馬区で言えば68万人と言う全体を考え て包括的な活動をしているところがどれだけあるだろうか。そういった意味で言うと、BeGood Cafe的な自分達で活動したい人たちにどんどん自主的な活動を促 すようなアプローチは大切だと思う。まぁ難しい部分で、これから社会全体のNPOに対する捕え方も変わってくる事と思う。「公益性」と言うあいまいなコンセプトがまず修正されなければならないような気がする。

CSR

さて、日本に帰国してからよくCSRという言葉を耳にするようになった。まだ一般にはそこまで広まっていないと思うけれど、NPOの中ではかなり定着しているようである。
僕が始めてCSRというコンセプトを知ったのは2年位前で、Dominiと いう、アメリカCSRのさきがけ的なインベストメント指標を作ったファームを知ったのがきっかけだった。それ以来、たまにアメリカでも耳にした り、Newsweek Japanの特集で見かけたり、日経に載ってたりと、だんだん世の中に広まってきているとは思っていたけど、まさかここまで日本のNPO界で話題に上って いるとは思わなかった。
こ のCSR、まだまだ発展途上のコンセプトで、日々進化しているように思われる。アメリカでは企業の社会的責任というコンセプト自体決して古いものではない と思うし、どちらかというと必然的に至上主義のメカニズムに対してのアンチテーゼとして沸いてきたものであると思う。でも、日本のCSRはものの見事に猿 真似だね、うん。葛藤から生み出される解決策ではなく、「うーん、それっていい考え方だし、アメリカで流行ってるし日本でもやったほうがいいよね」的なも の。でも、日本のすごいところは、その謙虚な姿勢からとんでもなくよく機能するシステムを作り出してしまうところ。これは、その葛藤の部分がないからテー ゼに対するアンチテーゼとかではなく素直にジンテーゼを生み出してしまうところにあると思う。とてもTransferencialな国民性ですね。
そこで、世の中のコミュニティー・オーガナイザー諸君に一言!今コミュニティー・オーガナイザーが日本のCSRの基盤つくりに携わることで、日本における社会活動参加の地図が塗り替えられるかもしれない。さらに言うと、社会活動の文化を築くことになると思う。
ア メリカの企業もそうだけれど、日本の企業もどのようにして社会的な投資をすればいいのかわかっていないようである。試行錯誤の段階ね。企業にとっては福 祉活動に対して寄付をすることは安全パイであるけれど、「投資」という意味では魅力を感じていないようである。これは「影響力」の問題であると思う。 CSRとは「投資」によって社会に対して責任ある「影響」を及ぼすことだが、これはCOによってその効果を増すわけである。つまりは地方分権の流れのも と、住民主体で21世紀の社会作りを創造していくことはコミュニティー・オーガナイザー無しではできないんじゃないかと思う。それがCSRによってより具 体的に動き出すような気がします。そういった意味でも、コミュニティー・オーガナイザーは福祉というコンセプトをもっと全体的にみて、社会にとって何が必 要であるか、どのようなアプローチが可能か柔軟に対応していかないといかんね。それにはまずコミュニティー・オーガナイザー塾みたいなものを始めないとい かんかねぇ。いろいろ考えないと・・・。

時代は繰り返す

さてと、ずいぶんご無沙汰していたこのブログも久しぶりに更新するに至りました。
ニュー ヨークでの帰国準備、帰国して、新しい生活のスタートとなんだかんだで3ヶ月くらいはゆっくりとこのブログを書くことができませんでしたが、これか らは日本でのCOの現状を踏まえて、NYで書き残してきたノートなどを含めてこのブログを更新していきたいと思っています。
さて、今回は日本に帰ってきた自分が今、深く感じていることを書き落としておきたいと思う。具体的には「福祉」とは何か、そしてNPOのあり方などに触れてみたいと思う。
日本に帰ってきて、自分が今までやってきたこと(CO)をカテゴリーに分けるとすると、日本では「地域福祉」と呼ばれるものに当たる。
そ れとはまた別に、現在の日本ではNPOを中心とした市民活動が大変大きな盛り上がりを見せている。実際に僕がNYで働いていたセツルメントハウスなども このNPOに当てはまるわけだが(というよりも、NPOの原点といえるのかもしれない)、日本では、このNPOの歴史が浅いせいもあってか、NPOとそれ 以前の俗に言うボランティア団体などの地域福祉との間には大きな開きがあるように思われる。
NYでは確かにForest Hills Community Houseの ようなセツルメントのことをSocial Service Agencyと呼ぶけれどもそれはNPOという大きなカテゴリーに収まるわけで、日本で言うところの福祉NPOに当たるのかな。確かに市民活動よりも福祉 的なサービスの担い手という感は否めないが、NPOとSocial Service Agencyの間に日本で見られるような壁は存在しないと思う。
特に今回帰国して日本の地域福祉の文献をあさってみたが、NPOに関して述べているものは少なかった。一方で、NPOの分野では既存のコミュニティーでの活動を含めた地域福祉をコミュニティー内の機能として認識している団体は少ないように見える。
一言で「市民活動」と言ってもさまざまだが、COの原点に帰るとそれがNPO活動であれ、地域福祉であれ関係ないと思う。どちらかというと、方向性をつけることでお互いが強調されることが大切なのではないかと思う。
Johns Hopkins大学の権威で市民活動(NPO)についての研究を続けているSalamon教授によるとこの第三セクターと呼ばれる市民活動数は世界中で急 増しているらしい。これは、高度に進んだ通信技術力などを駆使して政府や資本に頼ることなく市民が中心となって社会的ニーズを満たしているという。これ に加えて僕はもうひとつの見解を挙げたいと思う。
今 日、コミュニティーの崩壊が謳われ始めて数十年が過ぎようとしている。都市化、国際化、核家族 化に加え、生活パターンの変化もあり、長く続いてきた地理 的な条件を基にしたコミュニティーが崩壊の道をたどってきた。一方で通信技術の進歩によって、新しい生活パターンが成り立ち、新しいコミュニティーの形が 出来上がってきた。今日NPOが盛り上がっていることは、コミュニティーの形成に当たるんだと思う。それは、以前農業を中心とした村単位でのコミュニ ティーが存在したり、商店街を中心とした町内会などができたように、新しい生活パターンに基づいたコミュニティー作りがものすごい勢いでなされているのだ と思う。これ自体はコミュニティー・オーガナイザーからして言えば、願ったりかなったりで、コミュニティーの存在しないところでオーガナイズなどできない と 言われてきた最近のCOを一気に改善してくれるかもしれない。
しかし、ここで大事になってくることは「福祉」というコンセプトだと思う。福祉 とい う言葉自体、今日NPOを盛り上げている人達にとっては野暮ったいもの になると思う。僕も個人的に福祉という言葉には何か制限が付きまとうような気がする。それは、福祉という言葉が児童、高齢者、障害者といった俗に言う社会 的弱者にしか当てはまらないというイメージが強いし、自由度に制限があると思う。
さらに付け加えるならば、マスメディアが作り出す、市場主義的な価値観の中では、どうしても見劣りする部分は多々あると思う。
た とえば、最近僕がイベントに顔を出したBeGood CafeというNPOは若者の中でも人気のミュージシャンをゲストに呼んでトークショーをしたりと、市場が求めるものを非営利の形で実現しているという部 分では眼を見張るものがある。それに加え、内容もエコや、平和などメッセージ性も強く、地域通貨やCooperativeを展開したりと、従来の地 域福祉が目指すところが多々ある。
そ れでは、こういったNPOの活動が今までの地域福祉を取って代われるのかというのがポイントだと思う。どちら かというと、本来のコミュニティー・オーガ ナイザーの視点から言えばこれほどすばらしいことは無いわけで、福祉として提供するフォーマルなソーシャル・サポートを、市民が力を出し合うことでカバー できるならば、そして世の中からコミュニティー・オーガナイザーという職業が無くなって、世の人々皆がコミュニティー・オーガナイザーになればそれはコ ミュニティー・オーガナイザーの本望であると思う。そうすれば、あとはオーガナイザーは子供の教育に携わればいいと思う。
まぁ、しかし、そうは行 かないのが現実で、ここで大切になってくるのが福祉というコンセプトだと思います。福祉というものは、ほんの120年位前までは地 球上に存在しなかった考え方で、それまではインフォーマルなソーシャルサポート、及び宗教を通したチャリティーのみが存在していた。、政府、又は市民の代 表が フォーマルな福祉を定着させたのは、基本的には民主主義という社会形態をもってして初めて成り立ったものである。つまりは、「人類みな平等」のコンセプト の上に成り立っているもので、だからこそ、社会的弱者の児童、高齢者、障害者が福祉の代名詞のようになってしまったんだろう。
COのコンセプトは民主主義と特に密接に絡んでいると思うが、福祉自体民主主義という土台が無くては大変不安定なものになってしまう。ビスマルクのように国力と考えて福祉を導入した例もあるので一概には言えないが。
こ の民主主義のコンセプトを今日のNPO活動に当てはめて考えるとどうであろうか。よくアメリカではNIMBY(Not In My Back Yard)と言うコンセプトを用いるが、これはCOの中で最も気をつけなくてはいけない落とし穴である。コミュニティーをまとめることで、自分達の コミュニティーは助かるが、他のコミュニティーで起こっている問題は一切関係ありませんということである。つまりは、コミュニティーをまとめるということ は単純に特定の人々さえ得をし、その他のコミュニティーがどうなってもいいかといったらそういうことではない。だからこそ、COではニーズ調査が大切で、 オーガナイザーは提案者ではなく、コミュニティーが本当に必要としているものを形として導くための溶媒であり、それと同時に正義、不正義の判断を助けるよ き助言者でなくてはならない。
たとえコミュニティーをまとめたとしても、それが排他的かつ利己的なコミュニティーだとしたら、それはいいCOなの だろうか。なかなか難しいところであ る。結局は民主主義という厄介な代物と毎日格闘して初めて答えのエキスのようなものがぽたぽたと搾り出されるのかもしれない。