All Star Game

久しぶりの投稿です。
今日は、メジャーリーグのオールスターゲームでした。年に一度、一試合だけの夢の球宴は、第80回目を迎え、今年もイチローらが所属するアメリカンリーグの勝利で幕を閉じました(なんでも13年連続らしい!)。
アメリカにすんでいたころはよく近くのバーで試合観戦をしていました。
日本に帰国してからはあまり観戦する機会がなかったんだけど、なんと今年は中継をしていたFOX sportsがインターネットを通して観戦できるようなプログラムを提供してくれたので、家で楽しく観戦しました。
試合内容も充実したものだったけど、それ以上にオバマ大統領の始球式に興奮しました。投球フォームはちょっとぎこちなかったけど、何とも人間らしい気持のいい大統領だなぁと思ったね。MLBのホームページでは大統領が試合前にロッカールームを訪ねて選手と交流している姿が映っているけど、選手たちと友人のように接する大統領の姿が印象的でした(選手の方がやや委縮していたかな、特にイチロー)。
さて、何でオバマ大統領が始球式に登場したかというと、今年のオールスターから野球のオールスターだけでなく、コミュニティのオールスターも祝福するという趣旨になったからです。
オバマ大統領になってからコミュニティで活躍する人たちを支援するためのプログラムUnited We Serveが設立され、そのサイトServe.govが開設されました。このサイトの目的は地域で活動するオーガナイザーやボランティア、起業家たちを支援することです。100年に一度の不況といわれている今日、かつてコミュニティ・オーガナイザーだったオバマ大統領ならではの取り組みだと思います。
世の中が不況になると野球などのスポーツや文化活動に対してお金を使うことや、世の中に存在する貧困を無視して派手な祭典をおこなうことに対して社会的な批判が上がることが少なくありません。でも、オールスターゲームを中止することで、失業問題や不況は解消されるのだろうか。不況だからといって国民的イベントを自粛することが、国民から歓迎されるだろうか。理にかなっていないとわかっていても、世論を気にして不況の時に大きなイベントを自制するという傾向があるように思います。もちろん、スポンサーがつきにくいということもあるしね。(日本プロ野球のオールスターも来年以降はスポンサーが決まっていないらしいし。)
しかしオバマ大統領は、このUnited We Serveがオールスターゲームと協力する形をとり、むしろ大々的にイベントを盛り上げ、さらに全米各地の活躍するオーガナイザーやボランティア、起業家たち30人を「私たちのなかのオールスター」として紹介しました。彼(女)らを球場に招待し、試合が始まる前にオールスター選手たちと共に紹介し、祝福しました。
いやぁ、なんていうのかねぇ、この発想の豊かさ。
改めてアメリカっていい国だなぁと感じることができました。ああいう気風をつくりだすことが何よりも必要。
コミュニティ・オーガナイザーとしての経験をもつオバマさんが大統領になることでアメリカはどのように変わるのかと思っていたけど、これからがますます楽しみだね。
コミュニティ・オーガナイザーが国のリーダーになることは、そう悪くないかもね。

悩む事業(転載)

1年ぶりに書いています。いよいよ博士論文の執筆が大詰めなので、なかなかこのブログを更新できていませんが、たまには息抜きに。
以前僕が勤務していた、大阪府社会福祉協議会社会貢献事業というものがあります。この事業に関しては、研究論文で取り上げたりしたこともあるんだけど、その事業が5年間の助成期間を終えるにあたり、関わった人たちで文集を出すことになりました。僕は1年間しか働いていなかったんだけど、ちょっとした文章を書かせてもらったので、今回はその内容を掲載します。こうやって、以前はCO道で書いていたことが、他の媒体に掲載されるようになってきたので、これからはなるべくこちらにも載せたいと思います。テーマは「悩むこと」です。

『悩む事業』

2008年のベストセラーに姜尚中さんの『悩む力』という本がありました。近年、うつ病や心の病のことがメディアなどを通して日常的に取り上げられるようになり、それらの言葉が持っていた「病人」や「負け組」といったニュアンスが薄れてきたように思います。しかし、「悩む」という行為に対するネガティブなイメージは未だに払しょくできていないように思います。そうしたなか、姜さんが『悩む力』のなかで「悩む行為」のポジティブな側面に光を当てたことは、多くの人に勇気を与えてくれたことと思います。

なんでこんなことを社会貢献事業の文集に書くのかというと、私は、社会貢献事業と悩むという行為は、切っても切り離せない関係にあると思うからです。社会貢献事業は、基金によって経済的な支援を提供することや、制度の狭間といわれる課題に対して積極的に働きかけることで注目されてきました。また、コミュニティソーシャルワークという言葉の新しさから多くの人の関心を集めました。しかし私は、社会貢献事業がこれまでの社会福祉事業と異なる最大の点は、その事業が悩みながら進められてきたことだと思うのです。

私たちの生活とはジレンマの連続で、悩みに満ち溢れています。ですから、ソーシャルワークとはそうしたジレンマの上に成り立つものだと思います。例えば、「あなたは、家族と友人、恋人、仕事、お金、名誉のなかで何を一番優先しますか」という質問をしたら、人によってその答えは様々でしょう。また、同じ人でも時と場合によって違った答えを選ぶかもしれません。人間の価値観とは多様なもので、また時間とともに変化するものです。

だからこそ、私たちの生活はそうしたジレンマに満ちていて、私たちは日々そうした悩みを抱えて生きているのです。そもそも、そうした選択肢の中で優先順位を決めること自体がナンセンスかもしれません。しかし、私たちの人生には、何かしらのアクシデントでそうした究極の選択を迫られることがあります。社会貢献事業が受けた相談の中には、クライエントが究極の選択を強いられ、にっちもさっちもいかなくなり、困った挙句、支援を求めて社会貢献事業に相談をしたというケースが多かったと思います。

私が社会貢献支援員として勤務させていただいたのは1年間と短い期間でしたが、その間にもたくさんのケースにかかわらせていただきました。要介護高齢者のケースや母子家庭、障がい者とその家族、疾病、虐待など、それらのケースが抱える主訴は様々でしたが、どのケースも多重債務や保険料未納、家賃滞納といった経済的な困窮を同時に抱えていることが多かったように思います。そして、それらのケースの多くは、基金を用いて経済的な援助を提供すれば解決するようなケースではなく、常に複雑に絡み合った家族関係と向き合う必要がありました。

社会貢献事業は、社会保険制度や社会サービスなど既存の社会保障制度では対応できない、制度の狭間のケースに対する新しい事業と考えられていますが、既存の制度と大きく異なる点があると思います。それが、「悩む」という行為です。

既存の制度は、悩む必要がありません。なぜなら、線引きが比較的明確だからです。「このケースは生活保護制度の範疇である」とか、「このサービスには介護保険が適応する」など、既存の社会保障制度は線引きがなされます。日本全国どこに行ってもおなじ社会保障制度を受けることができるわけですから、この線引きは必要でしょう。その代わり、とても機械的になります。そして、その線引きから外れてしまった当事者は、機械的にその事実を伝えられて終わりです。

社会貢献事業に携わって最も感動したことは、ものごとが機械的に判断されないということです。それでは、社会貢献事業が何を判断材料にしていたかというと、それは専門性だったのだと思います。就職時の研修に加え、定期的に開催される会議と研修、さらには実践を通した知識と技術の伝達、スーパービジョンと、社会貢献事業の中には専門性を高める機会があふれていたように思います。

それでは、社会貢献事業にとっての専門性とは何でしょうか。どのようにすれば限られた資源を駆使して事業が掲げるミッションを遂行できるかを熟考し、完璧な答えではなく、最適な答えを導き出すこと、そうした努力の中にこそ社会貢献事業の専門性が蓄積されるのだと私は思います。その最適な答えを導き出すためには、多くの知識と技術、ネットワークが必要ですし、創造力やあきらめない心、正義感、優しさなどが必要でしょう。そして、何よりも悩むことが必要です。悩むという行為は、悩むことを共有できる環境、一緒に悩んでくれる仲間、そうした悩みを通して専門性を高めていこうという意志によって可能になります。

社会貢献事業は、そうした悩む行為を丁寧におこなっていた事業です。ですから、事業を推進してきたスタッフの悩む力抜きには、社会貢献事業の成功は考えることができないと思います。また、社会貢献事業の援助を享受した人々は、相談援助や経済的援助に加えて、ともに悩むという援助を受け、自身の悩む力を醸成することができたのではないかと思います。

短い期間でしたが、ともに悩む時間を共有してくれた同僚の皆様にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。そして、社会貢献事業が、実践を通して示した5年間の悩みの蓄積は、日本の社会福祉にとってかけがえのない財産になったと思っています。これからも、皆さんとともに悩みながら日本の社会福祉を盛り上げていきたいと思いますし、悩む力をさらに広げていくことができるように尽力したいと思います。
ありがとうございました。

無意識の意識化

久しぶりに書いています。このネタは、ずっと前から書こうと思っていたんだけど、やっと文字にすることができて、うれしい所存であります。
「無意識の意識化」というタイトルにしたけど、基本的にはアプローチの話です。コミュニティという空間は、多様な考えを持った人が、意思の決定を行ったり、一定のルールを設けたりするわけだけど、それが何よりも難しいところであり、COの最もダイナミックなところだと思う。哲学に始まり、さまざまな学問領域がこの不特定多数における意思決定や住民参加について思考を巡らせてきているけど、COもその1つなわけだ。しかもかなり現実的な視点と要素を含んだ方法がCOの特徴といえるだろう。
そんな中、無意識の意識化について考え始めるきっかけになったのは公衆便所におけるある変化からなんだな。残念ながら、女性がその変化に気づくことはないかもしれない。というのもこれは男性用の便所の話だからである。しかし、僕も女性用の便所に入ったことがないので、ひょっとしたら僕の知らないところで女性便所にもさまざまな変化が起こっているのかもしれない。どんな変化かというと、「小」専用便器における変化である。「小便器」という言葉があるのか知らないけど、ここでは「小便器」と呼ぶことにする。小便器における長年の問題点は、「的外れ」である。つまり、男性が立って「小」をする際に、目測を誤って、小便を小便器の外に垂らしてしまうことがある。これ以上書くと、何のブログなのだかわからなくなるので、あまり具体的なことは書かないが、とにかくさまざまな理由から小便器周辺は小便で汚れてしまいがちなのだ。もちろん、とっても不衛生ですね。不衛生だから、用をたすときにあまり便器に近づこうとしない、するとますます垂れ流しが増え、ますます便器周辺が汚れる。負の連鎖なんです。
すると、便器の周辺には、次のような張り紙が貼られることが多い。「きれいに使いましょう」「便器はきれいに」「一歩前へ」など。しまいには「的外れ禁止」などという張り紙まである。「的外れ禁止」といわれても、どうしても無意識的に的外れしてしまうことが多く、「禁止」することはあまり効果がない。ここで重要なことは、的外れを意識的に「禁止」させることではなく、「的に当てる」という行為を無意識的に導くことなんだと思う。
そこで最近よく見かけるようになったアイデアは小便器の真ん中に的をつけた便器である。どのような的かというと、「蠅のマーク」や「丸」などシンプルなものもある。最近見た中でもっともよくできた的は、矢を射る的のように二重丸なんだけど、なんと小便を当て続けることで変色する仕組みになっている。これらの的がどのように機能するかというと、小便器に向かって用をたすという行為の無意識の部分に働きかけ、結果的に便器をきれいに使う効果を生み出す。誰も便所を汚く使おうとは思っていないわけで、できることならきれいに使いたい、その意思をうまく側面からサポートするような仕組みが必要なのである。つまり、人の無意識をうまく引き出すようなデザインがカギのようだ。
似たような仕組みでゴミ箱がある。以前よく見かける風景に「ゴミのポイ捨て禁止」という看板の周りにゴミが散らかっていたり、ひどいものになるとその看板がゴミ捨てスポットとなってしまっていたりする。というのも「ゴミのポイ捨て禁止」という看板は最もゴミが捨てられがちな場所に立てられるもので、無意識に人のゴミ捨て欲を引き出すような環境にあると考えられる。そこに、意識的に「ゴミ捨ててはいけません!」と働きかけてもなかなかうまく機能しないものである。そこで発想を逆転させ、特定の場所にゴミを捨てたくなるような仕組みにすればいいのである。ゴミを捨てたくなるような場所にゴミ箱を設置する。しかも、自然と分別し、ちゃんとはこの中にゴミを納めるような作りにする。そんなゴミ箱が最近増えているように思います。雑誌、新聞用のゴミ箱には横長の穴が、びん、缶ゴミ用には丸穴があいている。しかも、ゴミ箱の上にゴミを置けないように上部を斜めに設計する。そんなゴミ箱が増えてきたように思います。
これは、人の無意識に対して働きかけるようなデザインが増えた成果だと思います。人の意識に対して規律のように働きかけるのではなく、人が自然と特定のルールにのっとって行動するようなデザイン、それが重要なわけだ。
ここでコミュニティの話に戻るけど、コミュニティの中で合意を形成する上でも同様の仕組みが必要だと思う。人が自然と気持ちよく合意を形成できるように、そんな枠組みをデザインすることが求められる。もちろん、人がそのデザインを好まなかったら、全く機能しない。誰もゴミを捨てないゴミ箱のようなものである。コミュニティオーガナイザーの役割は、そうした人が自然と、有機的に合意を形成できるような仕組みを提示すること。これがなかなか難しいんだけどね。

半強制とon-demand

ずいぶんとブログから遠ざかっていましたが、年末だし、大掃除もひと段落したし、ちょっといろいろ思索にふけってみます。。。というよりも、今までため込んでいて書けていなかったものの年末大売出しというところでしょうか。
先日、数年ぶりに東京ボランティア・市民活動センターへ行ってきました。というのも、今度の2月8日から10日にかけて行われるボランタリーフォーラムTOKYO2008の企画に携わっているからです。このフォーラムの企画には2年前から携わって、昨年はノータッチでしたが、今年は関西から特別参加させていただいています。このブログでも以前触れたかもしれないけど、市民フォーラムという形態は今日のCOを推進するうえでの一つのツールとなったと思う。まぁ、ある意味ソクラテスが古代アテナイの道端で道行く人たちと対話を行っていたことと実質は変わらないと思う。形態が変わったわけだね。どういう形態になったかというと「市民活動」を推進している人たちがファシリテーターやコーディネーターとなり、議論の「お題」を提供する。そこに参加している「市民」がああだこうだと乗っかっていく。最終的に何か具体的なアクションの話につながることもあれば、お互いの意思の疎通を図ることになるかもしれないし、知識の共有化や情報交換としての機能を果たすことも多々ある。まぁ、それが俗にいう今日の「市民フォーラム」の形で、その代表的なものはブラジルのポルトアレグレで始まったWorld Social Forumだろう。ちなみに来年1月26日には、東京でも行われるみたいだ!これは参加しなくては!!
とまぁ、話がずれましたが、東ボラにフォーラムの打ち合わせで立ち寄った際に、来年1・2月号の「ネットワーク」に記事を寄稿させてもらったこともあり、担当の職員さんといろいろ座談していました。どんな話かというと、地域の拠点を考える上での「半強制」について。「半強制」というと、ちょっと抑圧的だけど、半強制の仕組みというものを改めて考え直してみたらいいのではないかということ。
たとえば、ニューヨークの僕の友人が住む高層マンションではマンションの住民のためのホームページがあるらしい。そのホームページ上では、住民のためのお知らせ(水道工事とかエレベーターの整備など)や、管理人へのメッセージなど、住民の生活にとって必要な情報&コミュニケーションツールとなっているらしい。それに加えて、住民はブログの書き込みや自己紹介ができたり、いらない物の売り買いやベビーシッター募集の告知を出したりと住民同士の交流や相互扶助を促進する役割もはたしている。でもまぁ、そういった情報を掲載するホームページはいくらでもあるけど、ここでポイントなのは、マンションの住民のみが見ることができるというある種の「排他性」と、マンションの住民にとって重要な情報が掲載されていて、定期的に確認する必要がある「半強制性」にあると思う。半強制的にホームページを確認することで、そのサイトが人が立ち寄る場所となる。まぁ、Yahoo!Googleのトップページのようなものだね。でも、最近ではGoogleのトップページもカスタマイズできるようになり、公共性よりも個別性が強くなってきていると思う。同様に、最近、巷では「オン・デマンド」が大流行していて、何かにつけて自分の趣向に合わせてカスタマイズされ、自分の好きな時に好きなものが得られるようになってきている。つまり、他社と共存・共有するという制約がなくなってきているわけだ。でも、人が何かを共にしようと思ったら、そこに時間や場所、趣向の制約は必ず出てくる。例えば先日、年末年始を実家で過ごすために帰省した。そこで、夜に家族の時間を過ごすのに、DVDでも借りてきて観ようといってもなかなか乗ってこない。でも、テレビで映画をやっていると、お風呂の時間などを遅らせながらも一緒にその映画を観る。ある程度の制約があることで、家族3人が一つになり、その映画を観ることになった。
不思議なものだ。
コミュニティを考えると、そこは制約の宝庫なわけだ。まず空間を共有することで、自分の好き勝手なことができなくなる。自分の家の中はどうなっていても、地域住民と共有している道路や公園では好き勝手はできない。さらに、コミュニティは様々なインフラを共有している。水道やガスや電気、それが都市となると、交通機関などのインフラも共有することになる。それだけではない。その場所で一緒に住むとなるとInternal Landscapeも共有する。どういうことかというと、頭の中にある自分の生活のイメージの中に、地域のイメージというものが形成される。周りに人間が住んでいるのに、無人島に生きているというイメージを持っている人はいない。それは、地域の人々と交流しているかいないかにかかわらずそういうイメージを持っているものだ。だから、何かのきっかけで近所の人との交流が始まると、すぐに仲良くなったりする。それは、頭の中ですでに空間を共有するメンバーとしてとらえていたからだ。人は社会的な生き物だというけれど、それは結局頭の中に「他者」のイメージを常に持っているからだ。動物に育てられた子供や、何十年間監禁されていた人は、他者のイメージを持っていないために、人間社会に溶け込むまでに時間がかかるという。
ここで考えるべきことは、僕らは皆、そうした「他者」のイメージを持ち「コミュニティ」に住んでいるけれども、世の中が「オン・デマンド」化され、個別主義になると、実際に交流するきっかけが減ってしまうことにある。
日本では住民の連帯を高めるために自治会を組織し、「半強制的」にコミュニティを形成してきた背景があると思う。ちょっとお節介の自治会長さんとか民生委員さんがいることで、地域のつながりが「半強制的」に生まれたり、持続されている。しかし、こうした半強制は今の時代になかなか合わなくなってきていることは、そうしたお節介の自治会長さんたちが一番よく分かっていると思う。今の時代には、今の時代の「半強制」が必要なのではないだろうか。その中で、自治会長さんや民生委員さんの活動が活かされるような工夫が必要になってくると思う。
そういった意味では、上にあげた、ニューヨークの友人のマンションの話は興味深い。
人が交流するきっかけを半強制的に作り出す。その「半強制」のやり方に工夫が必要となる。
コミュニティ・オーガナイザーはちょっと図々しかったり、お節介だったりして、半強制を上手に使いこなすものだ。遠慮とオン・デマンドばっかりだと、みんななかなか仲良くなれないものだからね。これから考えていきたいテーマです。

「コミュニティ」とはアプローチである

何がいいたいのだろうか。とても大切なことを言いたい。
「コミュニティ」という言葉が「地域」と訳されたり、地理的であるとかアソシエーション型であるとか、いろいろややこしかったりするけれど、僕は「コミュニティ」とはアプローチを形容する言葉であると考える。または、その考え方や思想を思う。
価値も伴う。例えば、「コミュニティ的な考え方」といったら、そのまま通じてほしい。
「いやぁ、やっぱりお互いコミュニティの人間だから、話が早い!」なんて言うセリフも使ってみたい。
どういうことだろうか。

世の中で人々が生きていく上で何かしらの仕組みが成り立っている。
それを社会と呼んだり、システムと呼んだりする。
その仕組みを考える時に、政治・経済的な切り口がある。いや、政治・経済という言葉が適当ではないなぁ。まぁ、マクロ的と言っておこうか、ここでは。
つまり、日本の社会が動く仕組みを変えるには、○○という法律を可決することで改善されると思うとか、△△に予算を投じることで景気の回復が見込め…といった考え方がある。具体的な話だと、少子化対策などがその典型的な例。人間が生まれ死にゆく中で、この社会であったり国家を形成していて、その社会や国家の状況を改善するために、ある政策を投じることで解決を図る。ある意味では、有効な手段かもしれない。
一方、同様にマクロなアプローチではメディアというものがある。マスコミを使った情報操作による啓発であったり、プロパガンダであったり、世論をコントロールするひとつの方法だ。これも結構有効かもしれない。
これらの対極にあるのは、個人の尊厳を主張し、個人の幸福を価値観とするもの。
政治や経済が関係ないところで、個人の健康や幸福を担保としてひとつのアプローチを築く。
例えば、その個人の自由は尊重され、周囲に害を加えない限り何をしてもいいという考えの下、個人の自由を求める考え方がリバタリアニズムである。一方で、社会に精通していそうだけれど、実は個人の統制の話である儒教の価値観や古き良き伝統や文化なども、個人を基本としたアプローチだ。
少子化の例をもう一度出すと、未婚であろうとも、一夫多妻制であろうとも子供を持つことは自由であるし、子供を持たないことも自由であるという考え方も存在すれば、30歳になる前には男女ともに結婚し、子供を授かり、女性は子育てに励み、男性は勤労するという規範的な考え方も存在する。

というか、世の中こういったマクロな視点かミクロな視点がほとんどで、我々はその狭間で悩んでいるんじゃないかな。

個の集合体と個との間をつなぐものがなくて、困ってると思う。
その「つなぐ」という考え方が「コミュニティ」だと僕は思う。
ばらばらの物を何とかまとめなくてはというマクロの視点と、個人がどうすればいいのかという答えを提示するミクロな考え方と違い、個と個が結びつくことによって創り出される新たな空間をデザインする、そういう考え方が「コミュニティ」だと思うんだよね。
つまり、コミュニティ的な考え方とは

  • つなぐこと、つながること。つまり組織すること。
  • その組織の中で有機的な動きを生み出すこと。つまり、民主的なプロセスを創り出すこと。

だと思う。
だから「コミュニティ」という時にどのようなサイズを意図しているといった考え方はナンセンスで、「コミュニティ」とはあくまでもそのアプローチにある。
技術の進化と共に、コミュニティ的なアプローチが可能である空間のサイズはますます大きくなり、国家のサイズすら超えている。国際的なNGO活動がそれである。
Internet Governance Forumという国連のフォーラムがあるけど、それもコミュニティ的なアプローチを政策化しようとしている。まぁ、コミュニティがまだまだ未成熟だから「政策へつなげる」という背伸びをしなくてはいけないんだけど、コミュニティがより成熟すると政策というよりもお互いのルールづくりのようになると思う。まるで、車がスムーズに走るために、走行車両数に応じて信号が切り替わる間隔を決めるような仕組みを作るようなもの。
まぁ、そんな「コミュニティ」的なアプローチを真剣に議論のテーブルに上げる必要があって、そのためには組織化が必要なんだね。つまり、まずは右車線を走るか左車線を走るか合意を形成して、そんな合意を広げていくということ。ルールをあてはめるのではなくてね。
それが本質。

日本というフィールド

僕はニューヨークに移り住んだ時19歳だった。その時、心に命じていたことは「とにかくいろいろ経験してやろう!」ということだった。それは、僕にとって新しい世界であるニューヨークをフィールドとしてとらえ、とにかくそのフィールドで発見できることはすべて発見し、吸収できることはすべて吸収しようと思っていたからだ。NYでの8年間は大変実りの大きなものであったし、ニューヨークというフィールドを十分使いこなしたといえると思う。もちろんまだまだやり残したことはたくさんあるが。
さて、それでは2005年に日本に帰ってきたときはどうだろう。ニューヨークに行った時とはSlightly Differentであったといえよう。それは当然日本という国を知っていたわけだし、19歳と28歳では社会的に置かれた状況も違う(特に日本では)。そこで、これまでNYで学んできたものを活かしながらも、日本では日本独自のものを学ぼうと僕は考えた。
僕はコミュニティをフィールドとし、コミュニティの中における人々の有機的な関係を形成することをその専門としてきた。コミュニティといっても様々なものがある。ドイツの社会学者テンニースゲマインシャフトとゲゼルシャフトという二つの概念で共同体の近代化を説明した。それはつまり、地縁や血族による結びつきが強い共同体としてのコミュニティから、近代社会としての市民社会という共同体への変化である。ところが、情報化社会への変化と共に新たな共同体概念が必要とされているという見方がある。つまり、オンライン・コミュニティなど新たなコミュニティによる新たなコミュニケーションの台頭で、共同体の概念も変わりつつあるという考え方だ。なるほど。
確かにそうかもしれない。実際に情報化社会において人々の生活スタイルが変わりつつあるし、それに準じてコミュニティの在り方も変わりつつあるだろう。そして、これからコミュニティを考える際に情報化社会という枠組みで考えない限り、見当違いなもの、又は重要な要素を欠いたものになってしまう。
それでは今日における「日本というフィールド」をとらえるときに果たして情報化社会という枠組みは有効であろうか。残念ながら答えはNOであろう。
どちらかというと日本に存在する独自のコミュニティに注目することが有効であるように思う。
コミュニケーションの方法は変わってきていても、基本的に人々が共同体を形成するメカニズムはそれほど変わってきていない。地域という物理的な空間の中に人が住み、人が顔を合わせているからであり、そうしたコミュニケーションがなくなることはない。インターネットが普及し、多くの地域のオーガナイザーたちがメーリングリストやホームページを駆使して活動を行っている。それ自体は、ツールとして有効であるが、おそらく多くのオーガナイザーたちは、それらのツールの限界に気付いていると思う。メールを何百人に出すよりも、20人が物理的に集まるミーティングを開いたほうがよっぽどポジティブなコミュニケーションを持つことができる。ここでいうところのポジティブとは、メンバーのコミットメントを得るというプロセスや、リーダーシップを形成するプロセスなどCOに欠かせない要素が、物理的なミーティングを通して形成されるということだ。
まぁ、話は長くなったけど、日本に帰ってきて学んだことは、日本独自の村社会によるコミュニティ形成である。たとえインターネット社会で、新たなコミュニケーション方法を考察しなくてはと言っていても、その根底には「日本人」によって形成される村社会という独自の社会が成り立っている。限りなくゲマインシャフトに近いものだ。この現実を見つめて、この中で人々がどのようにコミュニティを形成するのか、しっかり学ぶ必要がある。
何でこんなことを書いたかというと、情報化社会の高揚とともに新たな時代のコミュニティ形成という考え方が氾濫しているように思うからだ。それ自体重要なことだし、科学技術の進歩とともに人間の生活様式や価値形成は変化し続けることは当然だからである。ここで重要なことは、よりリアルに考えることが大切ということ。ネット社会における理想的なコミュニティというビジョンに引っ張られて、いつの間にか人間一人ひとりのことが見えなくなってしまい、自分の掲げる理想をあてはめるような考え方が目立つ。ビジョンを提示することは大切である。同様に、そのビジョンをどのようにしてより多くの人と共有しながら、ああだこうだ言ってつくり変えていく、そんな役目を担う人をビジョンに組み込ことが重要である。ワンクリックで様々な物事ができてしまうせいでコミュニティもワンクリックやクリックの集合体で成り立っていると勘違いしてしまいがちだが、よーく現実を見てみよう。現実はもっと複雑であり洗練されたものである。

Paid Organizer

さてと、久しぶりの投稿です。しかも今回は、約2年ぶりに滞在しているNYから。
今回滞在中の目的の一つは、以前僕がNYでオーガナイザーとして仕事をしていた時に所属していたINCOというプロジェクトの同僚約15名に対してヒアリング調査をすることである。今のところ順調で、たくさんの貴重な意見を聞くことができている。以前勤務していた時は、共通のプロジェクトに取り組みながらも、お互いのバックグラウンドやパーソナリティの部分にまでそれほど干渉したことはなかったので、今回の調査を通して改めてお互いに関する新たな発見があった。
INCOの何よりも特徴的なことは、コミュニティ・オーガナイザーを雇うための資金をNY市内の非営利団体に提供しているところにある。これは、今日ではなかなかありえないことであるし、過去にもINCOほど大きな規模でオーガナイザーの人件費を確保したプロジェクトはなかったのではないかと思う。そう、COのメッカであるアメリカでも、それが現実なんだね。
そこで、専門職として雇われてCOを専門的にこなすオーガナイザーについてちょっと考えてみた。
これまで、俗にコミュニティ・オーガナイザーといわれてきた人たちの仕事は、その100%がオーガナイジングというわけではなかった。例えば、ケースマネジメントをしながら、個別援助ではどうにもならない問題(たとえば貧困地区における住宅問題など)を抱え、よりマクロなアプローチを行う必要性を感じ、結果的に彼ら・彼女らの業務の中でCOの方法論を駆使することが一般的になったりといったようなケースだ。ほかにも、ボランティアとして活動しているうちに、活動のリーダーとなり、コミュニティ・オーガナイザーになったというケースもあるだろうし、非営利団体で一つのプログラムを統括するディレクターとして勤務していたが、オーガナイジングなしではプログラムの存続が不可能となり、当事者を組織化することでプログラムの存続をうったえるといったケースも考えることができる。もちろん、いずれにせよ当事者の声があって初めてそれぞれの活動が意味をもつようになる。
それでは、COを専門としたオーガナイザーを雇うことはどれほど意味のあることなのだろうか。オーガナイザーとは本来、必要に迫られ、ごく自然な営みの中で生まれる存在であるが、365日オーガナイジングだけをこなす雇われオーガナイザーとは果たして必要なのだろうか。そのオーガナイザーの存在が当事者主体の原則を濁すことにはならないのだろうか?
そんなことを考えながら、例えば僕が現在の日本でもっとも深刻な問題と思うニートについて考えてみた。ニートという言葉がどこまでを指して用いられるか再度検討する必要があるが、登校拒否や引きこもりという個別のケース以上に、子供の育て方が分からない、または子供とのコミュニケーションを図ることができない親の問題であったり、精神的な疾患の問題であったり、公的扶助の問題であったり、ニートといっても一言では語りきれないほどの大きな社会的な問題を内包している。
それでは、そのニートの問題に取り組むコミュニティ・オーガナイザーは必要であろうか?若者自立塾が全国にできているようにニートの若者支援の団体は全国でもたくさん立ち上がっている。それぞれ、ニーズに応じたプログラムを開発し、ニートの若者の社会復帰を支援する方法を開発している。当然、マクロレベルでの交渉もあり、メディアなどによる啓発活動、政府による緊急対策検討会などを通して国の補助を受けて行われるプログラムとして確立するにいたった。しかし、現状は経済的に余裕のある家庭しか利用できない状況であり、ニートの若者を抱えることで貧困の状況から抜け出すことができなくなっている家族などに対する支援は、まだまだできていない。これに関しては、行政も頭を悩ましているが、最近では生活保護事業の中の自立支援プログラムなどで対策が進んでいる。
本題に戻ると、こうしたニート支援団体にとってオーガナイザーは必要であろうか?なんとも言えない。なぜなら、まず第一にニートの問題に関して言うと、当事者および当事者の家族は何をしていいか分かっていないし、ニートの若者を抱える家族は問題の所存は自分たちにあると思っているからだ。全国で何百万人ものニートがいて、社会問題といわれていても当事者たちは個人の問題として考えている。それに応じて、ニート支援団体も、自分たちが今後どのような支援を展開するべきか明確なビジョンを提示しているようには見えない。中には、ビジョンを持った団体ももちろんあるが、全国レベルのアドボカシーへと発展するような流れは見えない。政府が全国のニート支援団体を若者自立塾としてまとめた功績は大きいと思うが、それらの団体の中から今後の明確なビジョンが生まれてきていないと思うし、僕が見る限り、これらの団体が自ら結束を強めているという動きもない。まぁ、僕が知らないだけで、いろいろな動きはあるのかもしれない。
当事者もどうしていいか分かっていないし、政府もどうしていいか分かっていない問題を、専門的に分析し、当事者の視点を持ちながら解決へ導く専門職がソーシャルワーカーなわけだが、ここでは、仮に有能なソーシャルワーカーが存在し、支援団体がそれなりのビジョンを持ち動き始めていることとして話をすすめよう。
まず、全国レベルのアドボカシー活動を展開することになると、まず当事者のニーズを把握する仕組みが必要とされる。そして、そのニーズを他の支援団体と共有することが重要になり、そのニーズを元に場合によっては新たな事業へと発展することもあるだろうし、マクロな政策提言という形でアドボカシー活動へと発展するかもしれない。こうした一連の流れを誰かが指揮しなくてはいけない。
ここで、当然支援団体の中のリーダー格の存在が思い当たると思う。当然、そのリーダー格の人は全国的な動きを誘導する必要があるが、実際に当事者の声を吸い上げることは不可能だろう。つまり、当事者のニーズと全国的なアドボカシー活動の間の血液循環を助ける存在が必要になってくる。それがコミュニティ・オーガナイザーの存在であろう。
よく、アドボカシー活動の理想は、当事者がみずからを組織し、当事者の代表が政策提言をするといったイメージが存在する。否定はしないが、物事はもう少し複雑である。
こういう例えをするとわかりやすいかもしれない。
たとえば、ある団体が自分たちの活動を世間に知らせるためにホームページを作ることにしたが、ホームページを作るノウハウを持った職員は一人もいなかった。そこで、ウェブデザイナーという、常に彼らの活動を世間に対して発信する専門職を雇うことになった。このウェブデザイナーは、ホームページ上で語られる活動を担当しているわけでもなければ、当事者とかかわりがあるわけでもない。彼・彼女の役割は、あくまでも専門知識を使って団体の活動を世間に知らせることである。この団体にとって、このウェブデザイナーがいるといないとでは、大きな違いが生まれる。このウェブデザイナーが当事者である必要性はなく、重要なことは、情報が発信されるということである。
同様のことが、コミュニティ・オーガナイザーにも言えると思う。当事者の声を拾い上げ、社会的な枠組みで分析することに長け、プログラムの開発や、政策的な提言といったアドボカシー活動へ導く能力を有する専門家であるコミュニティ・オーガナイザーが当事者の代表である必要はない。大切なことは、仕事も最も効果的にこなすことのできる存在であるということだからだ。
話がだいぶ長くなったが、今回多くのフルタイムで働くコミュニティ・オーガナイザーに対する取材をしながらそんなことを感じた。

Dear Social Workers and Social Workers-to-be

2007年7月6日。京都の小さな部屋の片隅でこうしてブログを書き込めることは幸せなことだ。僕はこの部屋で寝て、起きて、飢えをしのぐことができる。夏は暑いけど、喉をうるおすことができる。冬は寒いけど毛布で身をくるむこともできる。こうして京都に住んでいる限り内紛に巻き込まれることはないだろうし(I hope!)、地雷を踏むこともないだろう。でも、地球上のどこかでは明日生き残れるか分からずにおびえながら生きている人がいる。
そこにはソーシャルワーカーがいない。いや、いるかもしれない。NGOのスタッフがいるかもしれない。
でも、ソーシャルワークが解決策として認知されるには至っていないだろう。
より強力な武器や、環境や人の生活を無視した経済開発こそが、解決策として受け入れられているように思える。
しかし、武器に対して武器を向けることは本当に答えなのだろうか。
開発が進んで、日本のように経済大国になれば、みな幸せなのだろうか。その答えは日本に住んでいる僕らが知っている。
日本に住むことは本当に幸せなのだろうか。頭では幸せに生きる方法はわかっているし、幸せな生活のイメージは持っているのに、実際に幸せな生き方を選ぶことができているのだろうか。
全く同じ議論が、内紛を起こしている国の人々にも当てはまるのではないだろうか。お互いの足を引っ張り合う生活ではなく、お互い助け合って幸せに生きる方法を選ぶことは難しいことではないと思う。でも、なぜか全く反対の選択肢を選んでしまう。
こんな簡単なことなのに、僕らはなぜできないのだろうか。
コミュニティ・オーガナイザー(ソーシャルワーカー)の仕事とはそれくらい簡単なことだと思う。
僕は、社会を変える実行部隊として、ソーシャルワーカーの役割を信じている。
何よりも、ソーシャルワーカーという職種が成り立っているということが、僕らに希望を与える。
つまり、ナイチンゲールマザー・テレサのように自分の人生すべてを投げ出して人のために尽す人物が現れるのをただ指をくわえて待っているのではなく、我々は社会の合意の下、ソーシャルワークという社会の機能をつくりだした。それは、何よりの成熟社会の証ではないだろうか。
次のステップは、ソーシャルワークがどれだけ本当に社会に役に立つのか、どれだけ社会を変えることができるのかを証明することだ。
別に統計学的に、証明しなくてもいい。ただ、人々が本当に幸せな人生を送れるように、しっかり考えて、しっかり支援しよう。そして、内紛や腐敗で苦しむ国々の人たちに、こうして平和に幸せに生きましょうという見本を見せよう。今のままでは、だれも日本人の生活を見本にはしないよ。
想像力豊かに、幸せな生活をイメージしよう。

Renaissance

最近改めて感じることがある。開放(ルネッサンス)しなくてはいけない。
以前にも書いたかもしれないが、僕は中学校時代に不良の友人がたくさんいた。最近では不良という言葉は使わないのかもしれないけれど、当時は使っていた。
例えば、学校に行かなかったり、違反の制服を着たり、髪の毛の色を抜いたり、たばこ吸ったり、お酒飲んだり、パチンコ行ったり、けんかしたり、ぜーんぶ大人がすることを背伸びしてやりたいのが不良なのかもしれません。でもそれって、いたって健康なことだよね。不良というと、精神年齢が低いと思われるけど、僕からすれば、不良の生徒は他の生徒に比べて、大人の感覚を持っていたし、好奇心旺盛だし、行動力があるし、自立していたと思う。自分の行動を自分で決断することができる人間が多かった。ただし、世間一般には、中学生は「大人」の言うことを聞くべきであるから、そういった意味では「聞き分けのない子」=「精神年齢が低い」と思われていたと思う。
自分で言うのもなんだけど、僕も小学生のころから結構ませていたので、自然と不良友達がたくさんいた。
しかし、不良の一つの特徴として勉強ができない、または苦手というのがある。これは、学校に来ないことで結果的に勉強が苦手になるのか、勉強が苦手だから学校に来なくなって不良になるのかはわからないし、どちらもあるのだろうと思うけど、とりあえず勉強が苦手な友達が多かった。というか、苦手ではなくて、学校の成績が悪かった。どちらかというと、当時の教育方法が彼らには合わなかったのだと思う。
まぁ、そんなこともあり、比較的勉強が得意だった僕が、試験前になると不良仲間がいつもたまっているところで家庭教師のようなことをしていた。当時、家にあった旧型のワープロを駆使してドリルのようなものを作ったことも記憶している。
なんでこんな長いたとえ話を出したのだろうか。僕が言いたいことは、僕には不良仲間がいて、勉強ができたということではない。僕の存在は、確かに特殊だったかもしれないけど、そういう特殊な存在だからこそ、学校の先生にはできないことができた。不良の友人にとって、学校の先生は勉強を教えてくれる存在ではないし、自分たちの気持ちや考えを理解してくれる存在ではなかった。僕は、彼らの仲間であり、勉強を教えることができた。つまり、彼らにとって、僕は先生よりも役にたったってことだ。
それでいい。学校の先生はとても大事だし、僕には先生の変わりを務めることはできない。でも、先生にできないことが、僕にはできたってこと。それでいい。
人は多様な存在で、それぞれが独自の能力を持っている。そういった独自の能力を生かせるような仕組みがあれば、どれだけ人はのびのびと生きることができるだろうか、どれだけ社会は活性化されるだろうか。
僕が日本に帰ってきて一番強く感じることは、そういった個々の能力を生かすという考え方が非常に弱いということ。みな決められたルールにのっとり、決められたやり方で、決められたしゃべり方で、自己を表現しなくてはいけない。果たしてそれは本当に自己を表現しているのだろうか。
僕が中学校時代に不良仲間に勉強を教えていたけど、それは素晴らしいことだと思う。(自画自賛でごめんなさい)
別に、不良生徒のための特別クラスを設けなくてもいい。不良生徒にも仲間がいて、共に勉強すること、それぞれがそれぞれのペースで勉強すること、そういった価値観で教育を行うことが重要。
日本は全体主義が強い。Totalitarianismという。
基本的な価値観は、「官」とか「お上」が承認して初めて価値観になる。
別に世間一般で認められなくてもいい。小さな町の路地裏で細々とやっていることでも、そこに内包されている新たな価値観や手段が価値のあるものであるなら、そこがスタート地点である。
以前から言っているけど、日本は暗黒時代を生きているようだ。みな同じ黒いスーツで、冬になれば皆同じコートをはおる。暗黒時代の肖像画を見ているようだ。
いいじゃないか、いろいろやれば。もちろん、いろいろやっている人もたくさんいる。
しかし、とても窮屈な思いをして、いろいろやっていることは確かだ。
僕の中学校時代の不良友達がそうだった。
アメリカに行ってびっくりしたことは、大学で優秀な成績を収める学生の考え方や気質は、僕の中学校時代の不良友達のそれとそっくりであったこと。想像力豊かで、自律していて、責任感が強く、自分の考えに正直。
そして、そういう人間が、リーダーシップを持ち、社会に貢献していく。民間の活力が高まる。
とても生き生きして、のびのびした社会である。
日本は、そういう人材の芽を摘んでしまっているように思う。
コミュニティ・オーガナイザーはまさにそうした多様な人々の援護者である。ソーシャルワークとは人を助ける仕事ではない。人がのびのびと生きられるような基盤づくりをし、援護する役割である。
ルネッサンスの開拓者である。

Democratization

最近ちょっと気になっている言葉で、「民主化」という言葉がある。といっても、一般的には普段の生活の中で、この言葉を耳にすることはないと思うし、僕が特殊な世界で特殊な人種の人たちと特殊な本ばっかり読んで特殊な議論を行っているから、「民主化」などという言葉が気になったのだと思う。これが、たとえば十数年前であったら、当時はまっていたNBAのネタで、たとえば5年連続ダブル・ダブルの成績を残しているパワーフォワードがインディアナ・ペイサーズからトロント・ラプターズにトレードされたことなどが気になっていた、とか、そういうレベルの話だと思う。いずれにしろ、マニアックな話であることには変わりない。
さて、「民主化」の話に戻るけれど、たとえばどういう文脈で「民主化」の話が出たかというと、アジアの国家の中で構築されている社会的セーフティ・ネット(国民年金や、医療保険制度、公的扶助や、介護保険などの社会保障制度を指す)を南アジアの国家で整備することは可能かという議論に対して、ある台湾の先生が、たとえばインドのカースト制のような社会の民主的な枠組みが整備されていなければ、社会セーフティ・ネットを整備することは困難であるというようなことを言っていた。つまり、インドはまず「民主化」される必要があるという議論である。なるほど。
まぁ、その考え方はわかるし、理にかなっているといえよう。確かに生まれた時点で、国民の社会階層が設定されているところに、平等な社会保障制度を設けても、鯉と金魚が一緒にいる生け簀の中の金魚にえさをやろうとするようなもので、いくら餌をまいても足りないだろう。(あまりいい例じゃないですね、ごめんなさい。)
まぁ、その説明自体は置いておくとして、僕が気になるのは「民主化」という言葉の使い方なんだな。これは、ひょっとしたら僕のトラウマなのかもしれないけど、「民主化」という言葉を聞くとアメリカ合衆国大統領であるブッシュさんの顔が思い浮かぶ。ブッシュ大統領は「民主化」の旗印の下、他の国家の「民主化」を推進するという目的で軍力を用いた強引な国家介入をおこなってきている。その成果がどうであるとか、介入しなかったらどうなったとかは、ここでは議論しないけれど、大切なことは「民主化」という言葉が、強制介入を正当化するために用いられたということ。おそらく、ブッシュ大統領の言うところの「民主化」とは議員代表制で、選挙によって選ばれた国民の代表が国政をまかなうということだと思う。さらには、言論の自由とか、機会の平等とかいろいろあるとは思うけど、まずは議員代表制と選挙制を重要視しているようである。つまり、アメリカン・フリーダムの押し売りである。でもまぁ、言いたいことはわかる。
しつこいようだけど、ここでの問題は、「民主化」という言葉が何を指しているかだ。さらに言及すると、「民主化」という言葉を用いた時に聞き手に何を想像させているか、ということだ。
僕が思うには、「民主化」という言葉はプロセスのことである。Comprehensive Optimismの中でもいったけれど、民主主義とはあくまでも目的概念であり、理想とする状態のことである。その理想とする状態を目指して、失敗を繰り返しながらも日々前進することが「民主化」だと思う。つまり、インドが民主化されなければならないとか、韓国が民主化されたことで福祉国家となったと言った時に、「民主化」がある特定の時点を指して用いられているとしたら、そういう言葉の使い方はナンセンスだということ。「民主化」とはベクトルのことで、それ自体が何かを約束するものではない。民主化されるまでの国家を「悪」としたら、一度「民主化」された国家は、その時点からは「善」となるのか。民主化された国家の中にも根強い権威主義や差別が蔓延していることは確かである。だから、あまり安易に「民主化」という言葉を使わないほうがいいだろう。ブッシュ大統領が使う「民主化」とニューヨークのコミュニティ・オーガナイザーが使う「民主化」とでは、まったく違うものを指しているんだから。