シリーズ『実践の糧』vol.54

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第251号,2020年8月.

実践の糧」vol. 54

室田信一(むろた しんいち)

新しい生活様式の中で、私の生活に最もインパクトを与えたことは、ビデオ会議システムの導入だと思う。私は大学の教育に携わっているため、無論、全ての授業はオンライン化したし、個別の論文指導や、新入生のオリエンテーションさえオンラインのビデオ会議システムを使用するようになった。当初、オンラインで授業を実施することに抵抗はあったが、やってみると便利な面が多く、特に移動時間を削減できたことが最大のメリットのように思う。かつてはあり得なかったようなスケジュール設定が可能で、授業終了の30分後に外部の会議に参加したり、というように仕事を効率化してくれた。他にも、遠方の人に集まっていただく研究会などの日程調整も楽になったし、週末に開催されるセミナーなどに、家族の時間を犠牲にすることなく、1時間とか2時間だけセミナーに参加するということもできるようになった。

学習効果はというと、実は学生はかつてないほどよく勉強し、対面の授業よりも学習効果が高いように感じている。部活動やアルバイトの時間が減少したこともその背景にはあると思うが、ビデオ会議とオンライン上のシステムを組み合わせることで、授業外学習に真剣に取り組む学生が増えた印象を受ける。遠隔授業のためのオンラインツールはこれまでも存在していたにもかかわらず、しかもそれらを利用することが効果的な学習効果を発揮する可能性があるのに、従来の教育方法に囚われて活用できていなかったことに自分の保守的な部分を発見した。オンライン化が進んだことは、物事の無駄と思われる部分を削ぎ落とし、本質的な部分を浮かび上がらせることを助けてくれた。それは教育現場に限らず、普段の仕事のあり方や、生活のあり方においても同様の効果を発揮してくれた。

そのように新しい生活様式に移行することを好意的に受け止め始めていたある日、取材のために横浜市内のコミュニティ・カフェを訪問することになった。緊急事態宣言が解除されてからまだ間もない頃、その日はコミュニティ・カフェにとって店内の飲食を再開する初日だった。私の家からそのカフェまで片道1時間半ほどかかる。取材の時間は1〜2時間程度であるため、往復の移動時間の方が長くなる。以前は、長い移動時間が伴うことも、そういうものだと受け入れていたが、遠隔に慣れてしまった私の体は、1時間半の移動を面倒だと感じていた。しかし、数ヶ月ぶりにコミュニティの「現場」に足を踏み入れ、地域活動に対して思いのある活動者の人たちと対話をすることは、オンライン会議では得られることができないたくさんの感覚を与えてくれるものだということに気づかせてくれた。複数の人たちが出入りするその空間で、手作りのおいしい食事をいただきながら会話をすることは、脳に入ってくる情報量としてはオンライン会議の比にならないほど多い。にもかかわらず、オンライン会議のような疲労感は全く感じない。むしろ、帰宅中に頭の中にいろいろとポジティブな考えが浮かんできて、帰宅後すぐに別のオンライン会議に参加したが、いつもとは異なり、エネルギーに満ち溢れている自分がそこにいた。

オンライン化によって無駄が省かれて本質が浮かび上がると思ったが、実は無駄の中にある本質までもが削ぎ落とされてしまう危険性が高いことに気づかされた。オンラインのツールを導入する際に、いかにその点に自覚的であるかが、今後の活動を左右するように思う。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

実践の糧