The True Leadership

あなたの身の回りにリーダーはいますか?
こういった質問をしたときに、日本人はどのように答えるのだろうか。まず、リーダーという言葉自体がぴんと来ない人も少なくないかもしれない。世間一般で考えると、政治家だったり、経済界やメディア界の権力者だったり、カリスマ的な芸能人や有名人だったり、そんなところだろうか。
身の回りで考えると、 自分が所属している集団(会社や、学校や、趣味のグループや地縁組織)の代表者だったり、先輩だったり。地域の顔のような人や、町内でも有名なおじさんやおばさんなど。何をもってして、誰をリーダーとするかはその人次第だろう。
あなたはどういう人をリーダーと考えますか?
この質問はどうだろうか?きっと日本におけるリーダーのイメージは(いや、日本に限らずだけど)男性で30歳以上、頭が良くて、カリスマ性があって、厳しさを兼ね備えていて、鋭い目をしている。黒髪短髪とか。西郷隆盛みたいなイメージを持っているけど、それは僕のイメージかもしれない。でも、少なからず、日本における共通のリーダーのイメージというものは存在するのではないだろうか。このイメージはどこから生まれてきたのだろうか?西郷隆盛のような歴史的人物とそれを伝える教科書や本からか。マスメディアからか。親から子へ語り継がれてきたものか、それぞれの経験から培われたものか。僕が西郷隆盛のイメージを持っているのは、きっとマスメディアの影響のように思う。映画やテレビによって作られた価値観ですね。こんなところまで、メディアというものは影響を与えているんだからMedia Literacyの問題は深刻だと思う。そんでもって、こうしたメディアによる影響は我々の根本的な価値観を形成してしまっているし、個人的には男女平等という価値観を強く持っている(と思っている)僕でさえも、リーダーといったときに(ちなみにここではポジティブな要素を持ったものとして)、まず最初に持つイメージは男性のイメージなわけです。これは、女性にとっても同じことが当てはまるのかもしれないね。
まぁ、今回のコラムで僕が言いたいことはMedia Literacyの問題ではないので、本題に戻ります。
つまり、ポジティブな意味での「リーダー」と言ったときに我々の想像力はえらく乏しいわけで、さらには、リーダーのイメージでネガティブなものとしては、自己中心的、権力者、勝ち組、いい顔しい、目立ちたがり屋などが挙げられると思う。つまり、リーダーに対してこんな偏った狭いイメージを持ってしまっているがために、身の回りにもリーダーがいないし、ましてや自分がリーダーシップを発揮するなんてことはもってのほかなわけである。まぁ、こういう体質の社会からでも少数のリーダーは出るかもしれないけど、多くのリーダーによる創造力に溢れた社会形成みたいなものは無理でしょう。アメリカの大統領がリーダーのfalse imageを作り出してしまっているのは、大統領のせいでもなんでもないわけで、そういった土壌を作り出してしまっている我々すべての産物と考えることができると思う。まぁ、そのイメージに甘んじている「なんちゃってリーダー」には元々リーダーとしての素質はないんだろうけどね。
つまり、本当の意味でのリーダーが機能する社会って言うのは、5人に一人か、最低でも10人に一人くらいがリーダーの社会だと思う。ここで言う本当のリーダーとは、自分の役割を理解した上で、周りとの相互関係の上で、全体にとって最も必要とされていることに対して行動が取れる人のことである。この行動とは、一人で取る行動かもしれないし、周りの人間を巻き込んで取る行動かもしれない。そこらへんのことも、5人に一人がリーダーシップを発揮すれば、あうんの呼吸で行動につながるだろう。一人、気張って人前でありがたいお話をすることだけがリーダーではないわけだ。
しかし、多くの人は、それじゃあどうすれば5人に一人がリーダーの社会に変えられるのかと思うだろう。頭では分かっても、現実としては難しい。自分ひとりでは、どうすることもできない。COとはそういうことを具体的に考え、行動を取る、そういうことなんです。所詮、5人に一人がリーダーの社会なんてありえないといって、端から諦めてしまっていたら、可能性は0になる。それだけのこと。
COを学んだ人はみんなリーダーになるかというと、答えはYesだろう。それは、真の意味でのリーダーで人を率いるという古典的なリーダーではない。たくさんの人間がリーダーシップを発揮できるように土壌を整えることがCOで考えるところのリーダーの行動である。

CO道

4 Comments

  1. お久しぶりです。聖学院大学の山田です。 独自のリーダー論を展開されていますね。「行動をとることが大切」との指摘はもっともだと思います。
    現在、「格差社会」、「所得格差の増大」、「ニート支援」といった言葉が蔓延っています。これからの日本のコミュニティ(社会)に必要なことは押し付け合いではなく、その場の状況に応じて、お互いがお互いを支え合っていく仕組みを形作っていく過程(プロセスゴールなのだと思います。まずは“CO”について学んでいる私たちが、それぞれのポジションのなかから、自覚的に取り組んでいくことが求められているのかもしれませんね。ブログを読んで励まされました。また、よろしくお願いします。

  2. お久しぶりです。聖学院大学の山田です。お元気ですか? 独自のリーダー論を展開されていますね。「行動をとることが大切」との指摘はもっともだと思います。
    現在、「格差社会」、「所得格差の増大」、「ニート支援」といった言葉が蔓延っています。これからの日本のコミュニティ(社会)に必要なことは連携という名の押し付け合いではなく、その場の状況に応じて、お互いがお互いを支え合っていく仕組みを形作っていくこと(すなわち、プロセスゴール)なのだと思いました。まずは“CO”について学んでいる私たちが、それぞれのポジションのなかで、自覚的に取り組んでいくことが求められているのかもしれませんね。ブログを読んでなにか励まされような気がしました。また、よろしくお願いします。

  3. 失礼いたしました。同じようなコメントを
    3つも出してしまい、申し訳ありません。
    コメントを書いた直後、なかなかすぐにはアップ(表示)されなかったので、複数の投稿になってしまいました。つたない内容ではありますが、コメントいただければ幸いです。

  4. 山田さん
    コメント有り難うございました.
    そもそもこのサイトを立ち上げた頃,僕はニューヨークでコミュニティ・オーガナイザーとして働いていました.当時から,COの理念とは,どのような文化圏であれ人間に共通するテーマと思い,あえてアメリカから日本に向けてそのメッセージを発信することにしました.現在,日本に帰国して,研究を続けながらコミュニティにおける福祉活動に従事していて思うことは,やはり理念の段階においてCOの考え方は万国共通であるということです.(おかげでこのサイトも存続しています)例えそこに民主的な基盤がなくても,また民主的な仮面をかぶったムラ社会であれ,人間が求めるCOの理念は共通すると思います.
    そのCOの理念に基づき,日本は日本独自のCOを展開することができると思っています.山田さんがおっしゃるような「格差社会」や「ニート」といった社会問題に対して我々がどのように取り組むかということが,日本におけるCOの実践をより一層深めるのだと思っています.より多くのCOに関わっている人が,このサイトを通じてCOの理念を深め,独自の取り組みを展開してくれる事を期待しています.
    こうして,コメントをいただけることで,サイトを運営している僕も大変励まされます.これからも,あまり手を抜き過ぎない程度に書かせていただくので,コメントいただければと思います.
    しん1

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