Dear Social Workers and Social Workers-to-be

2007年7月6日。京都の小さな部屋の片隅でこうしてブログを書き込めることは幸せなことだ。僕はこの部屋で寝て、起きて、飢えをしのぐことができる。夏は暑いけど、喉をうるおすことができる。冬は寒いけど毛布で身をくるむこともできる。こうして京都に住んでいる限り内紛に巻き込まれることはないだろうし(I hope!)、地雷を踏むこともないだろう。でも、地球上のどこかでは明日生き残れるか分からずにおびえながら生きている人がいる。
そこにはソーシャルワーカーがいない。いや、いるかもしれない。NGOのスタッフがいるかもしれない。
でも、ソーシャルワークが解決策として認知されるには至っていないだろう。
より強力な武器や、環境や人の生活を無視した経済開発こそが、解決策として受け入れられているように思える。
しかし、武器に対して武器を向けることは本当に答えなのだろうか。
開発が進んで、日本のように経済大国になれば、みな幸せなのだろうか。その答えは日本に住んでいる僕らが知っている。
日本に住むことは本当に幸せなのだろうか。頭では幸せに生きる方法はわかっているし、幸せな生活のイメージは持っているのに、実際に幸せな生き方を選ぶことができているのだろうか。
全く同じ議論が、内紛を起こしている国の人々にも当てはまるのではないだろうか。お互いの足を引っ張り合う生活ではなく、お互い助け合って幸せに生きる方法を選ぶことは難しいことではないと思う。でも、なぜか全く反対の選択肢を選んでしまう。
こんな簡単なことなのに、僕らはなぜできないのだろうか。
コミュニティ・オーガナイザー(ソーシャルワーカー)の仕事とはそれくらい簡単なことだと思う。
僕は、社会を変える実行部隊として、ソーシャルワーカーの役割を信じている。
何よりも、ソーシャルワーカーという職種が成り立っているということが、僕らに希望を与える。
つまり、ナイチンゲールマザー・テレサのように自分の人生すべてを投げ出して人のために尽す人物が現れるのをただ指をくわえて待っているのではなく、我々は社会の合意の下、ソーシャルワークという社会の機能をつくりだした。それは、何よりの成熟社会の証ではないだろうか。
次のステップは、ソーシャルワークがどれだけ本当に社会に役に立つのか、どれだけ社会を変えることができるのかを証明することだ。
別に統計学的に、証明しなくてもいい。ただ、人々が本当に幸せな人生を送れるように、しっかり考えて、しっかり支援しよう。そして、内紛や腐敗で苦しむ国々の人たちに、こうして平和に幸せに生きましょうという見本を見せよう。今のままでは、だれも日本人の生活を見本にはしないよ。
想像力豊かに、幸せな生活をイメージしよう。

CO道

One Comment

  1. ソーシャルワーカーという言葉は、日本ではまだ市民権を得ているわけではありません。現状では「福祉施設での相談員」というイメージが根強く支配しているように思います。時にはカウンセラーという面ばかりが強調されてしまうこともあります。
    ただ、最近の文献を読んでいると、「ソーシャルワーカーは、従来の相談室や施設といった密室的な空間のみならず、その周辺地域やコミュニティー(共同体・社会)といったより広い空間に飛び出て実践活動を行っている専門的援助職である」との認識が浸透してきているようにも感じます。
     私たちひとり一人は決して、マザーテレサのようにはなれません。でも、徐々にではありますが、新しい概念が拡がっていくように努めていきたいですね。(ヤマユウ)

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