博士論文概要

掲載『同志社大学大学院 社会福祉学論集』第26号,2012年,70-74.
博士論文概要「アメリカにおける福祉国家の政策とコミュニティ・オーガナイジングの力動―コミュニティ・オーガナイザーの役割分析を通して」

室田信一


題名 アメリカにおける福祉国家の政策とコミュニティ・オーガナイジングの力動―コミュニティ・オーガナイザーの役割分析を通して

目次

序章 問題設定と本論文が描こうとするもの
1.問題の所在と本論文の視点
2.本論文の構成と研究方法
3.日本の社会福祉研究における本論文の位置づけ

第Ⅰ部 コミュニティ・オーガナイジングの輪郭

第1章 アメリカ型福祉国家におけるコミュニティ・オーガナイジングの位置
はじめに
1.アメリカ型福祉国家とは
2.アメリカの非営利セクター
3.福祉多元主義を超えて
小括

第2章 アメリカのコミュニティとコミュニティ・ベースト・オーガニゼーション(CBO)
はじめに
1.コミュニティの概念整理
2.アメリカのコミュニティの変遷
3.CBOというコミュニティ
4.CBOの機能
小括

第Ⅱ部 コミュニティ・オーガナイジングをめぐる歴史的展開

第3章     アメリカのコミュニティ・オーガナイジング―実践の変遷

はじめに
1.分析方法と分析枠組み
2.コミュニティ・オーガナイジングの変遷
小括

第4章     コミュニティ・オーガナイジングの類型と戦略

はじめに
1.専門職主義とコミュニティ・オーガニゼーションの定義化
2.反専門職主義とロスマンの「3つの実践モデル」
3.統合論と学際化
小括

第5章 コミュニティ・オーガナイザーとはだれか
はじめに
1.ソーシャルワークにおけるコミュニティ・オーガナイザー
2.コミュニティ・オーガナイザーの実態
3.「新しい社会運動」とコミュニティ・オーガナイザー
小括

第Ⅲ部 ケース・スタディー Initiative for Neighborhood and Citywide Organizing(INCO)

第6章     コミュニティ・オーガナイジング・プロジェクト
はじめに
1.ニューヨーク市における住宅事情とANHD
2.INCO設立の経緯
3.INCOの経過
小括

第7章 コミュニティ・オーガナイザーの戦略的思考
はじめに
1.方法
2.結果
3.考察
小括

終章 コミュニティ・オーガナイザーのいる福祉国家
はじめに
1.曲がり角にきた福祉社会
2.分析枠組みの検証
3.「力動」から「戦略」へ


概要

本論文はアメリカ合衆国(以下,アメリカ)のコミュニティ・オーガナイジングを研究するうえで見逃せない3つの問題意識を探求するものである.
第1に,実践を抽象化した実践モデルや理論に着目するあまり,コミュニティ・オーガナイジング研究が現実から乖離してしまうことである.第2に,特定の事業を推進するための手段として,ワーカーが非人間化されてしまうことである.第3に,アメリカ型の福祉国家を分析するための視座として,コミュニティ・オーガナイジングの実践を含めることの重要性が十分に認知されていないことである.
以上の問題意識をふまえて,本論文はアメリカのコミュニティ・オーガナイジングを政府の社会政策との関係で再解釈し,今日のコミュニティ・オーガナイジングがどのような力動の中で展開されているかについて体系的に理解することを目的としている.全体の構成としては,まずコミュニティ・オーガナイジングを分析するための本論文の分析枠組みを提示し(第I部概要),次にコミュニティ・オーガナイジングの実践と理論(実践モデル),専門性について歴史的な再解釈をおこない(第II部概要),最後に今日におけるコミュニティ・オーガナイジングの実態を示し(第III部概要),終章で総括をおこなう.

コミュニティ・オーガナイジングの輪郭

第I部では,まずアメリカのコミュニティ・オーガナイジングの実践を分析するための枠組みについて検討する.従来のコミュニティ・オーガナイジング研究は帰納的な方法によって実践を分析してきたが,本論文ではコミュニティ・オーガナイジングを福祉国家(政府)と福祉社会(民間非営利セクター)の協働にかかわる実践として演繹的に分析する方法を採用し,ここではそのための枠組みを設定する.
社会福祉を政府のみならず多様な部門によって提供されるものとする福祉多元主義という考え方がある.その代表的な例はアメリカであり,特に対人サービスに関して民間非営利セクターが主要な役割を担っている点においてアメリカは特徴的な国家と考えられている.そのような福祉多元主義的な枠組みにおける政府と非営利セクターの協働関係は,1)福祉国家の給付国家としての側面にのみ注目しており,福祉国家の規制国家としての側面を軽視している点,2)静態的で非弁証法的であるため,両者の協働,すなわち税を財源としたサービスを供給することが「予定調和的」である点において限界があると考えられている.つまり,両者の協働は対立の関係にも立ちうることを含めて,動態的かつ弁証法的にとらえる必要があるのである.
そのように,民間によるコミュニティ・オーガナイジングの実践は政府の給付政策と共に規制政策にも深くかかわるものであるが,その実践の内容においても2つの側面が存在するといえる.1つは,政府に先行して,もしくは政府に代わって給付や規制を推進する,またはそれらの質を高める実践で,ここではそれらを推進実践と呼ぶことにする.もう1つは,政府によるより積極的な介入(給付と規制)を求める実践で,ここではそれらを要求実践と呼ぶ.すなわち,民間は推進実践と要求実践という異なるアプローチを組み合わせながら政府の給付政策もしくは規制政策に対して働きかけるのである.そこで本論文ではコミュニティ・オーガナイジングの実践を政府の給付政策に関わる「給付推進」と「給付要求」,政府の規制政策に関わる「規制推進」「規制要求」という4つの実践に分類し,それを分析枠組みとして設定する.

コミュニティ・オーガナイジングをめぐる歴史的展開

第II部ではアメリカのコミュニティ・オーガナイジングの実践と理論,専門性の変遷について,第I部で設定された分析枠組みを用いて分析をおこなう.
アメリカの政府と民間非営利セクターは歴史的に協働の関係に位置づけられてきたが,その協働の形態は歴史的に移り変わってきている.たとえばセツルメントであれば,設立当初の実践は,政府に先駆けて保育事業や教育プログラムを推進するものであったが(給付推進),20世紀に入るといくつかのセツルメントのリーダー達は政府に対して労働法や住宅法による規制の強化を要求するようになった(規制要求).以上はほんの一例で,政府と非営利セクターの協働関係には他にも多様な形態が存在する.ここで重要なことは,それらの実践はどれも連帯と承認という価値を具現化するための実践として解釈できることである.すなわち,対立的にとらえられがちなCBOによる要求実践であっても,それは国民国家における重要な承認のプロセスとして解釈することができ,政府は外部からの働きかけによって初めて福祉政策に対して積極的になれるのである.また,CBOは政府に先駆けて住民のニーズを充足するサービスを提供すること,もしくは,政府の政策にのっとり,政府に代わってサービスを提供することによって社会的な連帯の一端を担っているといえる.すなわち,CBOはその時代における社会的な状況,住民のニーズ,政府の政策にあわせて,異なる実践を展開しているのである.それらの実践には,政府による社会政策を先行するものと,政府による社会政策への対応として推進されるものとがあり,両者は相互に作用しているのである.
本論文ではそうしたコミュニティ・オーガナイジングの変遷に関する歴史的な分析をおこなうわけだが,同様に,コミュニティ・オーガナイジングの実践モデルがいかなる発展を遂げてきたのか,またそれと共にコミュニティ・オーガナイザーの専門性がどのように変化してきたのかについても分析をおこなう.
20世紀前半,CBOが「給付推進」の実践に対して積極的であった時期にはソーシャル・プランニングが主流なアプローチであり,1950年代後半の「規制要求」や1960年代の「給付要求」の実践が盛んにおこなわれていた時期はソーシャルアクション(もしくは社会運動)が主流なアプローチであった.1980年代以降になると,多くのCBOは政府の委託事業を担うようになり,それに伴いCBO間の連携を強化するコミュニティ連携や,民間によるアドボカシーを促進するための連合組織化などが登場するようになった.そのように,近年のアプローチはソーシャルアクションを基盤とする1960年代の対立的オーガナイジングに対して,地域や関係機関との連携と協力によって達成される合意形成型オーガナイジングへと移り変わってきている.
一方,そうした実践の中心にいるコミュニティ・オーガナイザーは,多様な実践モデルを駆使することでCBOの活動の舵取りをおこなっている.当初,コミュニティ・オーガナイザーという専門職はCBOの登場と共にソーシャルワークの中に位置づけられてきた.20世紀以降,ソーシャルワークにおいて科学的な援助方法にその専門性を求める傾向が強くなると,コミュニティ・オーガナイジングの専門性においても科学的な調査にもとづいた効果的な資源配分,すなわち「専門知」を専門性とみなす傾向が強まった.そうした傾向は公民権運動による社会変動を経て,1960年代になると,ソーシャルアクションにみられるような当事者性の擁護代弁やエンパワメントを専門性と考えるものへと180度転換した.いいかえると,福祉を提供するシステムの内側に専門性を位置付けていた1960年以前に対して,1960年代になるとシステムの外側から内部に対して要求をおこなうことを専門性として位置づける考えが主流になったのである.今日のコミュニティ・オーガナイザーは,そうして異なる発展を遂げてきた二つの顔を使い分ける新たな専門性を確立している.

「福祉の民間化」時代におけるコミュニティ・オーガナイジング

第III部では,以上でみてきたコミュニティ・オーガナイジングの実践およびその専門職の実態を把握する目的で,ニューヨーク市のコミュニティ・オーガナイジング・プロジェクトInitiative for Neighborhood and Citywide Organizing(以下,INCO)に関しておこなわれた調査の結果について分析と考察をおこなう.調査(インタビュー)は,コミュニティ・オーガナイザーの思考を分析する目的で,2007年8月~9月,INCOコミュニティ・オーガナイザーを対象に実施された.収集されたデータは文章化され,それをグラウンデッド・セオリー・アプローチによって分析した.
分析の結果,キャンペーンを推進するうえでINCOのコミュニティ・オーガナイザーが重視しているいくつかの特徴を確認することができた.第1に,草の根レベルにおける丁寧な参加の手続きを工夫していること,第2に,草の根の活動を市全域におけるアドボカシーへと発展させていること,第3に,個別のニーズを具体的なサービスへと結び付けていること,第4に,安定した草の根活動の基盤を形成するために連帯意識を醸成していることである.多くのコミュニティ・オーガナイザーは業務においてアドボカシーと個別サービスという2つの側面を共存させることの困難さを表したが,そうした困難はより丁寧な組織化と強固な連帯意識の醸成によって払しょくされていることが示された.以上の分析は,「福祉の民間化」というパラダイムの中で閉塞的な状況に追い込まれがちなCBOが,いかにして状況を打破することができるのか,そのヒントを示しているといえよう.

本論文は,アメリカという特殊な福祉国家におけるコミュニティ・オーガナイジングを社会政策との関係から分析することを試みた.方法としては,独自の分析枠組みを開発し,それによりコミュニティ・オーガナイジングの実践を包括的にとらえそれを分析した.従来の研究にみられるような,特定の実践を断片化して分析する方法ではなく,コミュニティという舞台において繰り広げられる幅広い実践を動的にとらえることにより,より人間化されたワーカーの思考とその戦略に光を当てることができた点において意義深い研究であると考える.

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

記事