掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第253号,2020年12月.
「実践の糧」vol. 56
室田信一(むろた しんいち)
私は高校生の頃にレゲエミュージックが好きになった。きっかけは正確に思い出せないが、確かラジオから流れてきたボブ・マーリーの陽気なリズムが気に入り、インターネットがなかった時代なので、レゲエに関するムック本を買って、レゲエについて調べてCDを買ったりしていた。
その後、アメリカに留学すると、若者が集う街やお土産屋さんなどでボブ・マーリーの写真がプリントされたTシャツやポスター、ポストカードなどがたくさん売られていて、既に亡くなってから15年以上経っていたにもかかわらず、現役のミュージシャン並みの人気だったことに驚かされた。時代を経ても廃れないその存在は、ポップなアイコンというよりも、何か特別な価値観を象徴するアイコンのようでもあった。
高校時代まではその音楽が好きだったので、あまり歌詞の意味についてや、ボブ・マーリーやレゲエが生み出されてきた背景については無知であった。留学して英語を学ぶ中で、徐々にその歌詞の意味について理解し、考えるようになると、そこには大きなメッセージが込められていることを知るようになった。
たとえば、ボブ・マーリーの代表的な曲であるBuffalo Soldierとは奴隷としてアフリカからアメリカ大陸に連れてこられた人たちのことを歌っていることを理解するようになった(その後、南北戦争の時代にアメリカの陸軍の中に組織されたアフリカ系アメリカ人の連隊に対して付けられた名称ということを知った)。
私が最も好きなボブ・マーリーの曲にRedemption Songがある。最初はNo Woman, No CryやOne Loveのような人気曲が好きだったが、歌詞を理解しながら聴くようになってRedemption Songが大好きになった。Redemptionとは贖罪と訳されるが、これはマーリーが罪を贖うということではなく、この歌を歌うことで人がおこなってきた愚行を解放するという意味合いがある。この曲の中に「あなたを精神的な隷属状態から解放しなさい、自分たちしか自らの心を自由にすることはできない」という歌詞がある。日本の高校で受けた世界史の授業では、奴隷制度やアメリカにおけるアフリカ系アメリカ人が歩んできた歴史、今も残る差別などについて少し学んでいたが、その歴史の延長線上に存在するアフリカ系アメリカ人と日々接していると、その歴史がとても身近なものと感じた。それと当時に、自分がボブ・マーリーの歌に登場しないことをとても残念に思った。自分も人類が歩んできた歴史の象徴として、闘うマイノリティとして、そして精神的な解放を必要とする存在として描いてほしいと心から望んだ時期があった。
それから間もなく、外国人コミュニティの一員として、外国人が地域の中で自分らしく生活することを推進する活動に参加することになった。自分はアフリカ系アメリカ人ではないけど、「外国人」という精神的な奴隷になっていたことに気がついた。そこから自分や周囲の人間をその隷属状態から解放することが自分の使命となった。
誰にでもそうした使命がある。その使命に気がついた時、内側から湧いてくるエネルギーを感じることができた。このエネルギーこそ社会を変えて、一歩前に進める原動力になる。そのきっかけをくれたボブ・マーリーに改めて感謝したい。
※掲載原稿と若干変更する場合があります。