掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第238号,2018年6月.
「実践の糧」vol. 41
室田信一(むろた しんいち)
地域の中で人々が生活空間を共有し、お互いの安全を守り、場合によっては生産活動をともにして、地域にかかわる事項の意思決定をする。人類が集団で生活するようになってから集団としてともに生活するための方法が培われ、それが進化・発展しながら今日まで続いてきた。村落コミュニティのような共同体社会では、第一次産業が主たる産業であり、生産と生活が共同体内で成立する。そのような意味では運命共同体でもある。そのようなコミュニティでは、各地の代表などが集まり、政(まつりごと)をとおして住民の意見を反映させながら共同体が運営されてきた。
一方、産業化・工業化が進行したことにより、かつての村落共同体とは異なる生産と生活が分離されたコミュニティが誕生した。日本の場合、1960年代以降、人口の都市化に伴い生活の場としてのコミュニティが各地に誕生した。生活の場のコミュニティを取りまとめる役割は多くの場合専業主婦が担ってきた。現在でもその傾向は残るが、共働き世帯が増加した結果、主婦層だけで生活のコミュニティを維持することが困難になってきている。
今日の地域コミュニティの主たる推進役は高齢者である。かつて専業主婦として生活のコミュニティを支えてきた人たちや、仕事を退職したのちに生活のコミュニティの一員として参加するようになった人たちがその中心となっている。そのような意味では、高齢者は地域コミュニティとの結びつきが強いが、稼働年齢層となると、共働き世帯の場合では特に地域コミュニティとの結びつきが希薄になる傾向がある。そのような中で、地域住民がボランタリーにコミュニティを形成し維持することがより難しい状況になってきている。
と、ここまで書いたことは教科書や新聞などでもよく目にする話である。私がコミュニティに関わるようになった頃から、いまでも変わらない関心事は、コミュニティの構成メンバーが自発的につながりを構築することが難しい状況の中で、コミュニティを取りまとめ、人のつながりを作り、意見を聞き、様々な活動を生み出す役割が生み出され、配置されてきており、多くの場合、そうした役割を担う人が雇用されているということである。つまり、構成メンバーの中でボランタリーにおこなわれてきたコミュニティの中を調整する役割が、専門分化され、雇用されたスタッフによって担われるようになってきているのである。アメリカではそれがコミュニティ・オーガナイザーと呼ばれたり、日本ではコミュニティワーカーやコーディネーターなどと呼ばれてきている。
では、そうしたワーカーを雇用するための財源を、現代社会ではどのように根拠づけてきているのだろうか。昨今の社会福祉法の改正では、地域の中で住民同士が支え合うコミュニティを構築する必要性が示され、それが地方自治体がコーディネーターを雇用するための財源の根拠となる可能性はある。
住民自身の手によってコミュニティを取りまとめることが難しくなり、専門家の配置が進められてきたが、そうした専門家を雇用する財源を用意できないのであれば、再び住民のボランタリーな取り組みに戻るのか、もしくは地域がコミュニティとしてまとまることを諦めるという選択を迫られるだろう。
そうした中、地域の中で自主財源を確保し、職員を雇用している事例もある。次回はそうした事例を参考に、コミュニティで人を雇用するということについて引き続き考えてみたい。
※掲載原稿と若干変更する場合があります。