シリーズ『実践の糧』vol.73

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第271号,2023年12月.

実践の糧」vol. 73

室田信一(むろた しんいち)

 私の父は常に物事をナナメから見る人だった。学校のテストで100点を取ると「あまり勉強ばかりするな」と言ったり、世間から批判を浴びている人がいれば「お父さんは悪い人じゃないと思う」と言ったり、世の中のあたりまえや常識を疑うタイプの人だった。そんな父の影響からか、物心ついた頃から私も物事をナナメから見るようになっていた。アメリカでコミュニティ・オーガナイザーの人たちと出会った時、物事を批判的に捉え、行動を起こす姿に親近感を覚えたのはそのような父の影響もあっただろう。

 研究者という存在も常識を疑い物事をナナメから見る態度が求められる。そのため、ものすごく素直な学生から「研究者を目指したい」という相談を受けると、あまり向かないのではないかと思ってしまう。しかし、研究者の中にも王道を行くタイプの人もいる。さまざまな議論を肯定的に受け止め、総括的な見解を示す研究スタイルは、物事をナナメから見る私からすると面白みがないと感じるが、同時に、自分には持つことができない大局的な視点に圧倒される。

 以前、あるラジオ番組で巨人・ヤンキースで活躍した元プロ野球選手の松井秀喜さんについてお笑い芸人が語っていた話を聞いて、王道に対する私の捉え方が少し変わった。私は松井さんのことをすごい選手だとは思っていたが、あまり面白みがない人と思っていた。松井さんは高校時代からスター選手で、その後もスター選手としての道を歩み、メディアに対しては常に優等生の受け答えをしてきた。そうした松井さんのことを、そのラジオでは「国民のお兄さん」を引き受けた人として称賛していた。高校時代の5打席連続敬遠を経て、ドラフトでは長嶋監督から一位を引き当てられ、巨人の4番打者として大成し、さらにメジャーリーグに挑戦してヤンキースでも4番を打った。そのように国民の期待を受けると、人はプレッシャーに押しつぶされてしまうものだが、松井さんは文句一つ言わずにそれを全て引き受けてきた。挙句には、長嶋元監督と共に国民栄誉賞を受賞した。先輩のイチローさんが二度(その後を加えると合計三度)も辞退していることを考えると、松井さんも辞退することが頭によぎったに違いないが、ファンや国民の期待を引き受け、受賞したのである。

 そのような王道の生き方というものは、誰かが引き受けることでそれが時代の物語となり、語り継がれ、多くの人にとって納得感が生み出される。地域の活動では、会長や委員長に担ぎ上げられて、その立場に甘んじていることに違和感を感じず、御意見番のようになっている人がいる。そのような人がいると地域の風通しが悪くなるため、私は批判的に見ていたが、松井さんの例を引き合いに考えると、そのような人が地域の人々の期待を引き受けることで納得感が生み出され、地域の人間関係のバランスが保たれるという側面があると考えると、必ずしも批判されることではないのかもしれない。それでも私はナナメから見てしまうが。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

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