掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第284号,2026年2月.
「実践の糧」vol. 84
室田信一(むろた しんいち)
私は子どもの小学校のおやじの会で活動をしていて、今年度は代表を務めている。おやじの会は、小学校で開催される運動会や夏まつりの手伝い、地域の子どもマラソン大会の手伝いなどに加えて、自主活動として、夏休みにはラジオ体操、冬には飯盒炊さんの体験イベントなどを企画している。
先日、朝のホームルームの時間に本を読み聞かせるボランティアの機会があり、4年生のクラスで本を朗読してきた。クラスに入ると、「あ、ラジオ体操の人だ」と声をかけられたり、娘の友人は「お〜!」と手を振ってくれたり、すっかり「地域のおじさん」として顔が売れていて嬉しかった。クラス全員が私のことを知っているわけではないが、数名が知っていることで、他の子どもたちも同様に信頼してくれる。
子どもたちからそうした信頼を得ることは実は結構難しいと思う。私が地域のことをいくら大事にしていても、そして地域についてたくさんの本を読み、研究し、あちらこちらで講演をしても、地元の子どもたちの信頼を得るには子どもたちと過ごす時間が重要になる。幸いにも、近年はコミュニティスクールを推進する政府の方針もあり、地域住民が小中学校に関わる機会は増えてきている。
私は常日頃から、地域で活動する際には価値観に基づいて信頼関係を構築することが重要だと話している。価値観とは、その人のこだわりや行動原理で、通常はその人の原体験など過去の経験を知ることで「なぜ」その人がその価値観を大切にしているかを知ることができ、お互いの価値観を知ることで共に活動をする関係の基盤ができる。
たとえば、こども食堂の活動に一緒に取り組む仲間が、なんでこども食堂に取り組みたいのか、その人の価値観を知らないと活動は不安定になるだろう。自分が子育てで苦労したから、今子育てしている親に寄り添ってあげたい、という価値観に基づく人もいれば、自分は親から良い食事を提供されてきたけど、最近の子どもたちの食が乱れているから、オーガニックのこだわりの食材で美味しいご飯を提供したい、という価値観の人もいるだろう。どちらも子どもたちに何かを提供したいという気持ちは同じではあるが、一緒に子ども食堂の活動をする中で、その二人にとっては価値観のすり合わせが必要になるだろう。
そのような価値観に基づく関係が地域活動の基盤になることは間違いない。一方で、共に時間を過ごすことによって培われる信頼関係がある。それが冒頭で述べた顔の見える関係性である。地域のお祭りで一緒に模擬店を担当することや、イベントの配布資料を印刷してホチキス留め作業を一緒にすることなど、共に過ごした時間が信頼関係の基盤になる。そうした身体的な経験に基づくつながりは、対面でなくても成り立つ。飲み会にも同様の効果を期待することができるし、寂しくて誰かにつながりたいとき、何も話さなくても電話口で時間を共に過ごしていることが信頼につながることがある。
信頼関係とはそうした身体性を伴う時間経過の結果として構築されるという側面がある。インターネットの普及とデジタル化、そしてタイパやコスパを重視する時代の中で、身体性に基づく関係性が失われてきていると同時にますます貴重になってきている。このような身体性を伴う関係がないところに価値観のみで人と信頼関係を作ろうとしても上滑りしてしまうだろう。(リモートワークをやめるシリコンバレー企業が増えている背景にも身体性の再評価がある。)価値観が先にあっても良いが、身体性を無視することはできない。時間はかかるが、時間をかける意味があることである。
※掲載原稿と若干変更する場合があります。
