ソーシャル・キャピタル研究の意義

さて、今回はちょっとかたっくるしい話にしようかな。
僕が、これから最低3年間、頭がはげる思いで研究するテーマが「地域福祉実践におけるソーシャル・キャピタルの重要性」と言うことなんだけど、うーん、、、やっぱりここで書くにはかた過ぎるかなぁ。
この研究を行おうと思った理由は、僕のコミュニティ・オーガナイザーとしての経験から来ていて、そもそも、僕がニューヨークで携わっていたINCOプロジェクトと言うものがあるんだけど、これは、ニューヨーク市内で15人のコミュニティ・オーガナイザーを雇い、包括的・協力的にCOを実践することで、市の政策に直接的なインパクトを生み出すというアドボカシー活動だったんだよね。このプログラムの資金は銀行と基金から出ていて、毎年各団体に対して5万ドル(約550万円)助成されると言うものだった。それで、この助成金を毎年ちゃんともらってプログラムを遂行する上で、半年毎に活動を評価されていたんだけど、その評価のしかたが全然気に入らなかったんだよね。
コミュニティを作り出して、コミュニティのメンバーを組織する上で、オーガナイザーはいろんなことに気を使わなくてはいけないと思う。例えば、活動に参加しているメンバーに対しての評価や、励ましの言葉、時にはお願いをすることで、より強い関係が築けたり。また、いざと言うときに、政治的な活動をするためには、日頃から、コミュニティ・メンバーが自分たちがコミュニティの住人であると言う意識を持たなくてはいけない。そのためには、メンバーが所属する母体(実際の組織ではなく共通のアイデンティティ)のようなものを用意することも、その活動の一つとなる。こうした、細かい配慮の積み重ねが、効果的なCOを生み出すと思う。そんでもって、それを別の言葉で表すと「ソーシャル・キャピタル」となるわけだ。「ソーシャル・キャピタル」は信頼、規範、ネットワークからなると言われるけれども、要は、お互いがコミュニティのメンバーであると言う意識のことだと思う。この意識を生み出すには、結構な努力と、作戦と、苦労が伴う。もちろん喜びも、同じくらいね。
僕の研究は、この「ソーシャル・キャピタル」を日本の地域福祉実践の中でどれくらい増殖することができるかというもので、そのための方法を考えると言うものです。
しかし、何でこの研究をするのか。ただ単に、僕がニューヨークで憤りを感じたからではない。
ここで重要になってくるコンセプトは「市民社会」だと思う。
市民社会という概念は古代ギリシャから始まり、西洋を中心に発展してきたコンセプトであって、民主主義の類義と理解している。今日では、政府でもなく、企業でもない第三の存在としてある意味「控除概念」として扱われている感があるが、本来は、国家に対して、個人の集合体として「社会」を形成し「自治」という「自由」を有すると共に「責任」も兼ね備えるという近代民主主義国家を説明する上では必要不可欠な概念である。
封建的な国家が成熟するのではなく、あくまでも民主的な、市民の意識の高さをもって発展する参加型の国家をして初めて可能となる真の民主化。理想論と思われるかもしれないが、その理想を追い求めるために僕の研究があると考える。
個人がAutonomyを持ち、平等な政治的権利を有する社会で、その「個」の集合体がどのように作用することで民主主義がより理想に近づくのか。地域福祉という概念の下、ソーシャルワーカーはどのようにそのプロセスを促進できるのか。熟考する必要がある。そして、可能な限り科学的なルールに基づき実証する必要がある。そういった意味での、この研究である。
今回のブログは、かなり独りよがりなものになってしまったなぁ。次回は、もう少し読者フレンドリーなものを!

CO道

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