大きな木の話

むろたしん1


これは一つの島国の話です。

この島は長い間、自然環境に恵まれ、人々は大地の恵みを受け生活してきました。

文明が発達するに連れ人々は自然に左右される事なく自分達で環境を作り出す事に努め始め、なかでも賢知に勝れたもの達は、大きな大きな木を育てる事に成功しました。この木の出現とともに、人々は大地をあとにし、この一本の大木に移り住む事を選びました。

ある者は木登りに長けているがゆえに、肥えた実のなる木のてっぺんに住み、果実を有り余るほど得る事ができ、それは大地で暮らしていたときとは比べ物にはならないほどの量でした。この大木に移り住んだものの多くはその根元で、熟れて落ちてくる果実を得て暮らしました。彼らは木のてっぺんに住んでいるものに比べると、そのほんの一握りの収穫しか得る事はできませんでしたが、それでも皆、その木への信仰を失うことなく、幸せに満足のいく生活でした。なかには大木の幹に住み、てっぺんほどの収穫がないにせよ、それなりの収穫を得るものもいました。

この大木は四季の移り変わりにも強く、一年中まんべんなく、多くの人に富を供給する事ができ、根は大地に強く突き刺さり、養分と水分を十分に吸収する事ができました。

そんな幸せな日々に人々が慣れてしまったころ、果実の収穫が突然落ち込みました。木の住民は必死になって原因を追求しようと、さまざまな研究を繰り返しました。特に、木のてっぺんに住んでいるグループは、それまで収穫時には敵対していたにもかかわらず、何とか今まで通りの収穫を得られるようにお互い協力し合いました。

そんな努力も然る事ながら、木は日に日に花を散らせ、実をしぼませていきました。もちろんてっぺんに住んでいる極少数は、今までの蓄えもあれば、少ないながらもそれなりの収穫を得る事はできました。木の根元の住人は、木登りのすべを習得しようと必死になる傍ら、落ち葉を集めてシロップを作って飢えをしのぎました。

大地で暮らす術を忘れ、大木に頼って数世代生きてきたこの島の人々はもう、この大木無くしては生活を継続する事すら不可能となったのです。

落ち葉からの養分を得る事のできなくなった大木は、ただただ弱く、細くなり、その根は木のてっぺんに極少数の実をもたらす事がやっとの程でした。

それまで根元で満足していた人々は、何とかその極少数の実を入手する方法ばかりに目が行き、だれもその根の大切さに気づこうとはしませんでした。大木は日増しに弱くなる一方で、人々は残り少ない果実を求め、その細く、朽ちはじめた幹を、他人を蹴落としながら登っていきました。

年老いた者や女、子供たちは、所詮体力のある青年男子にはかなわず、その青年男子達も、自分の分け前を得るためには厳しい競争社会を生きてゆかねばなりません。それでもまだ人々はこの木への執着が強く、いつかはまた強い根が生え、あまるほどの収穫を提供してくれる事を夢見ています。そして、その日がいつか来るまで、特に具体的な行動に出るわけでもなく、質素な暮らしをして堪える毎日を送ります。

もうこの島の人間には自分で人生を変える事ができなくなってしまったのです。この大木という束縛から抜ける事ができなくなりました。なぜなら、彼らにとってはこの大木が世界そのものだからです。彼らの教育は木登りする術を教え続け、この大木と共に暮らす方法のみを数世代伝え続けてきたのです。誰一人として、この大木が枯れる事など考えませんでした。ましてや木のてっぺんにいた者などは根の存在すら知りませんでした。

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