シリーズ『実践の糧』vol.46

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第243号,2019年4月.

実践の糧」vol. 46

室田信一(むろた しんいち)

私は東京都の認知症対策推進会議の委員を務めている。就任の声がけがあった時に「なぜ、私が」と思い、適任ではないということでお断りしたが、地域の視点から認知症対策を考えて欲しいという説明を受け、お引き受けすることにした。会議のメンバーには医療関係者が多く、他には認知症ケアに関わっている専門家や家族会関係者、民生・児童委員などによって構成されている。

先日、その会議に出席した時のことである。その日の会議は、東京都の職員から次年度の認知症対策について提案をしてもらい、その提案に対して委員がコメントをするということが主な議題であった。その提案の中に認知症の検診を推進する事業があった。この事業は、都民が自身の認知症の症状を確認するセルフチェックのためのパンフレットを配布し、もし認知症に該当する項目が多くみられた場合、最寄りの医療機関で検診をすることを推進する事業で、この事業を年間1億4000万円の予算規模で推進するという提案であった。地域活動の観点から、このようなパンフレットをいくら配布したところであまり効果は期待できないとすぐに判断したが、その会議では私のような観点をもつ人は少数派で、おそらく医療関係者にとってはパンフレットを配布するアプローチが主流なのだろうと思い、多勢に無勢なので口をつぐんでいた。

ところが、都のこのような提案に対して医療関係者が率先して反対意見を投げかけた。そもそもパンフレットを各自治体で配布したところで、実際に認知症傾向のある人にパンフレットが行きわたるように届けることは難しいという意見や、仮にパンフレットが手元に届き、セルフチェックをした結果、認知症の傾向があることがわかった場合、その人は本当に医療機関で検診をするのかという意見、そして、そのような事業に年間1億4000万円も予算を費やすことは無駄ではないか、という意見などで会議は紛糾した。

私がここで述べたいことは、認知症早期発見に対する効果的なアプローチに関してではない。パンフレットはないよりはあったほうがいいと思う。年間1億4000万円という予算が妥当なのか、その判断はなんとも難しい。

私が述べたいことは、私の偏見が、有識者として東京都の会議に出席する私の役割を邪魔していたということである。私は、医療関係者はパンフレットを配布するだけの啓発に満足していると思っていたし、1億4000万円という予算に対するコスト意識をもちあわせていないと思っていた。そして、その会議で私だけが東京都の提案に違和感を感じていると思っていたし、その違和感を表明したところで誰も共感してくれないと思っていた。その結果、会議に出席しても、消極的にただ座っているだけの存在になっていた。そんな自分のことを恥じた。

偏見は誰にでもあるし、偏見をなくすことはできないと思っている。大事なことは、行動を起こす時に、自分の偏見にどれほど意識的になれるかということである。今回の私の場合、偏見によって行動を起こさないことが、私の委員としての役割を大幅に制限してしまっていた。そのことに気づかせてくれた委員の積極的な態度に感謝したい。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

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