掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第246号,2019年10月.
「実践の糧」vol. 49
室田信一(むろた しんいち)
「現代コミュニティ・オーガナイジングの父」とも言われるソウル・アリンスキーがその著書の中で、世界恐慌後にルーズベルト大統領が語ったことを引用している。世界恐慌は1929年のアメリカの株価暴落を発端に始まった世界的な経済不況のことである。ルーズベルト大統領は、経済危機への対策として世界で初めて社会保障法を制定し、失業保険や退職金制度、年金制度などを整備した。
当時も今も、アメリカは自由主義的な政策志向が強く、国家が社会保障に積極的になることに対して風当たりが強かった。そこでルーズベルト大統領はこのように言ったのだ。「私にもっと圧力をかけなさい。そうすれば私は社会保障にもっと積極的になれる」と。政府に対して民衆がデモなどによって圧力をかけることがある。その現象は政府による政策の問題を民衆が糾弾しているように表象される。しかし、そのようにして政府が圧力をかけられている状況は複雑な力動の中に成立していることを理解しなければならない。
私の恩師でニューヨーク市立大学ハンター校で長年コミュニティ・オーガナイジングを教えていたミズラヒ教授は、コミュニティ・オーガナイジングの基本原則という論文の中で、次のようなことを書いている。「あなたが影響を与えたいと思っている対象が、統制された一枚岩の構造であると思い込んではいけない。内部にある圧力や分裂、脆弱さをさぐり、その内部で仲間や協力者を見つけることが重要だ。」
人がある判断をするとき、その人の価値観から判断しているのか、立場上そのような判断を下しているのか、定かではない。両者が一致するときもあれば、対立するときもある。ソーシャルワーカーなどの専門職が個人と組織の価値観の間でジレンマを抱えることはよく知られたことである。
コミュニティ・オーガナイザーにとって、組織内の力関係や、組織の担当者の本心をアセスメントすることは重要である。世界恐慌後のルーズベルト大統領のように、外部からの圧力があってはじめて本当に推進したい政策に着手できるという政治的状況もあり得る。もしくはルーズベルト大統領の本心は、社会保障に対して消極的なものだったのかもしれない。民衆による圧力があって初めて積極的に考えるようになったのかもしれない。人の本心とは、時に自分さえもわからなくなるものである。そうであればなおさら、現実社会をつくりだすのは具体的な行動であり、その行動に影響力を与える人の力である。
私も含めて、政府の政策に対して不平不満を述べることがある。しかし、上記のような力動を前提とするならば、政府の無策や至らなさとは、裏を返せば、その無策や至らなさを容認してきた市民の問題でもある。政府の内部に協力者を見つけ出し、その協力者が内部で力を発揮できるように外部から働きかけることが、結果として責任を果たす政府を生み出すことになる。
哲学者の鷲田清一は自著『しんがりの思想』の中でそうしたアクションを「押し返し」と呼んでいる。政府に丸投げの無責任な市民ではなく、押し返すことで市民としての責任を果たすということである。毎週金曜日に学校をボイコットして押し返し続けてきたスウェーデン人のグレタ・トゥンベリさんが注目を集めているが、世界に注目されない身近な押し返しが街なかに溢れた時に責任ある市民と政府の関係ができあがるのだろう。
※掲載原稿と若干変更する場合があります。