シリーズ『実践の糧』vol.50

掲載:『つなぐ』寝屋川市民たすけあいの会,第247号,2019年12月.

実践の糧」vol. 50

室田信一(むろた しんいち)

事務所に戻るなり、地域解放コーディネーターの池田はこう言った。「なんで役所の人間はわからないのかなぁ。外国人だけを支援しちゃうと地域の中の差別を助長するし、逆差別っていうナンセンスをぶつけてくる人が増えることは目に見えてるのに・・・。」

地域解放コーディネーターとは、急増する外国籍住民への対策を強化することを目的に、2030年に成立した「移民・難民救済措置法」の一環として厚生労働省が全国に配置したコーディネーターである。十数年前、地域共生社会を推進する政策として相談支援包括化推進員が全国に配置された。当初は「断らない相談支援」という理念を掲げ、タテ割りの制度を横でつなぎ、制度の狭間を埋める施策として期待されたが、その理念が空虚に思えるほど、国内で増加した外国籍住民に対する支援には無力であった。

国内で高まる外国籍住民への差別意識や増加するヘイトクライムへの対策という表向きの顔を備えつつ、実質的には移民管理を強化することが目的の「移民・難民救済措置法」を政府が成立させた。翌年にはその大綱が発表され、厚生労働省が地域解放コーディネーターの配置を推進した構図だ。政権肝いりの政策なだけに政府は積極的に予算をつけた。

地域解放コーディネーターの多くはNPOや社協に配置された。しかし、事業を統括するのは行政の担当部署である。措置法が成立するまで外国籍住民の管轄は市民部や生活文化部といった部署が担当してきたため、福祉関連の部署には情報やネットワーク、ノウハウなど全てにおいて蓄積が乏しかった。また、従来の福祉における「支援」の考え方が、外国籍住民への支援に適切ではないことも明白であった。

池田浩二はA市社協のベテランワーカーである。池田の経歴は少し変わっている。大学卒業後、民間の旅行会社で営業の仕事をしていた池田は、30歳手前で退職し、バックパックで世界を1年間旅したのち、日本の救護施設で福祉の仕事のキャリアをスタートした。その後、生活困窮者自立支援の取り組みが各地で始まったことをきっかけに、A市社協の相談員となった。社協で働くことにプライドをもっているが、一方で、社協の体質に呆れている面もある。そんな池田の口癖は「国が子どもの貧困対策にお金をつけるまで社協は子どもを支援対象として見てこなかった」である。そんな性格の持ち主だから、政府が外国人支援を政策化してからようやく外国人支援に取り組む社協の体質に不満が募っていた。その上、行政は外国人支援を結局タテ割りの施策にしてしまうため、冒頭の池田の発言のように、差別の助長や逆差別という意識を生み出すことにつながりかねない。「地域解放コーディネーターという呼称に込められた意味をわかってない」と珍しく国の政策を持ち上げて、行政への不満をぶつけたりもしている。

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記念すべき連載50回目の今回は小説風で書くことに挑戦してみた。それも近未来の物語である。説明がやや多くなってしまったことはご愛嬌として、皆さんはどのように読まれただろうか。私はSFが好きである。なぜならSFは未来を描くことで、現実社会を相対化し、そこに潜んでいる矛盾や欠点を指摘してくれるからである。私たちは過去から学ぶこともできるし、未来を想像することからも学ぶことができる。そして想像した未来を回避することもできるのである。

※掲載原稿と若干変更する場合があります。

実践の糧