Public Assistance

先日,初めて,生活保護の申請に大阪府A市の福祉総務課窓口へ行った。社会貢献事業の仕事を始めてから,こうしたケースワーク的な内容の仕事が多くて,大変勉強になる。ケースワークを通して,より具体的なニーズアセスメントが可能になると思う。ただ、その具体的な部分にばっかり注目していると、視野に全体性がなくなってしまうから難しいものだ。
さて,生活保護の話に戻るけど,検索エンジンで「生活保護」と検索して,上位に引っかかるホームページの中に立命館大学立岩真也先生のページがある。このページでは日本の生活保護受給率の低さを指摘し,生活保護受給の必要がある(特に障害を抱えている)若者に対し,生活保護申請を勧める内容の文章がある。それは,生活保護制度は日本国家が憲法第25条が規定する理念に基づいて,国民の最低限度の生活を保障するという考えからくる。
世界的な傾向としては,福祉国家が機能しなくなりつつあり,新自由主義的な経済成長を基盤とした脱福祉国家化が進んでいて,アメリカでは,1996年のSocial Welfare Reform以降WorkfareやWelfare to Workと言った,就労を通して公的扶助からの脱却を助長するような政策が取られてきている。こうしたなか,日本でも三位一体の改革を通して,地方分権化が進んでいるが,この改革の焦点は財政再編であり,つまり社会保障費の削減と言うことになる。細かい政策情勢なんかは,ここで書くつもりは無いけれども,何よりも一番大きい編成は生活保護という,国家が憲法によって保障してきた国民の最低限度の生活を,地方公共団体が代わりに責任を持って保障する(させられる?)に至ったことにある。立命館大学の山本隆先生の言葉を借りれば,ナショナルミニマムがリジョナルミニマム,またはローカルミニマムになったと言うこと。つまり,地域間格差を認めると言うことだね。これは前回も話していた,格差社会の構造を一層強めるように働くでしょう。
さて,ちょっと政策の話をしてしまいましたが,今回僕が触れたいことは,生活保護申請における水際作戦の話。行政の業務では法や制度で決められた事業をマニュアルどおりに遂行することを求められるわけで,つまりは,融通が利かないことを前提とした仕組みになっている。もし,行政の業務に融通を利かせる必要があるなら,融通の利いた法が必要になる。法とは基本的に,社会の仕組み,人間の生活・利害関係に関連した内容となっているんだけど(どの法律も,桜の咲く季節や,水の沸点を決めるようなものでは無い),社会や人間って物は多様であり,またコンスタントに変化するものであるため,そもそも規範を作ること事態が困難なわけだ。とは言っても,そこには,ある程度の秩序が必要なわけで,夜警国家に始まり,社会の秩序調整のために国家,つまりは法の役割が強化されて,近代国家が発展してきた経緯がある。
そのような国家が,国民とのコンタクトを行ううえで,水際作戦が必要となる。水際作戦とは行政の職員が,行政窓口で法の融通をコントロールする仕組みである。それが,生活保護の申請,つまり,「国民の最低限度の生活の保障」となると,これは,相当融通の利いた判断を必要とされる。いや,本来は融通の利いた判断をしてはいけないものだけれど,あまりにも明確な判断基準を設けることで,生活保護制度が,生活困窮や何かしらの事情で生活保護を必要としたものへのセーフティネットよりも,フリーライダーを後押しするための選択肢としての要素が強まってしまう。つまり,生活保護制度は,水際作戦によって申請者にフィルターをかけ,インフォーマルな調整を行うことで,セーフティネットとして成り立つと考えられる。もっと福祉っぽく言ってしまえば,means-testを用いた選別を「最低限度の生活」と言うあいまいな概念の下行う必要がある。
で,具体的に何が水際作戦かと言うと,申請者や受給資格者に対して,申請をより困難にするべく数々の質問を行い,あらさがし(と言うよりも,この場合,いいとこ探し)をするわけである。結果的に,何度も窓口に行って,追い返されて,申請をあきらめると言うパターンに追い込むわけである。予断だけれど,最近僕が発見した水際作戦の中でも,極悪だと感じたものは,パソコンのアンチウィルスソフトのカスタマーサービスである。日本のパソコンユーザーがウィルスソフト業界のいい顧客であることは消費者教育のレベルの低さを露呈している格好だが,それをいいことに,何もわからずに,とりあえずアンチウィルスソフトをオンラインで購入してしまうユーザーが多いと思う。そして,何か問題が生じても,カスタマーサービスに問い合わせるには,有料の電話サービスか,ネット上のUnaccountableなフォームメールのみという始末。あれは,ひどい水際作戦だった。
こうした,水際作戦のinjusticeに対して,立岩先生は,どんどん生活保護申請をしなさいとおっしゃってるわけだ。まぁ,ここでは,生活保護制度自体の話や,利用の肯定・否定といった話はしません。ただ,コミュニティ・オーガナイザーの視点で一言書かせてもらえるなら,水際作戦に対して乱暴に法の定義を持ち出したり,役場の職員に対して暴力的な態度を取ることはお勧めできません。なぜなら,上でも述べたとおり,日本では生活保護制度を機能させるためには水際作戦がどうしても必要で,その制度に対しての不満を,末端の職員にぶつけても焼け石に水だからですね。そんでもって,もし,政府が水際作戦をやめたら,国の予算における社会保障費が激増し,瞬く間に世界でもトップレベルの「不健康な国家」となる。かといって,国家のために生活保護申請を自粛するべきとは思わない。大切なことは,窓口の職員と申請者とのコミュニケーションを円滑にして,Accountableな関係を築くことである。生活保護申請窓口の職員は,相手の目を見て話す事をしない。「Yes」とも「No」とも言わず,申請者が諦めるように話を進める。一方で,申請者は水際作戦に必死に抵抗するために「権利」という盾を武器に,横柄で傲慢な態度を取りがちである。つまり,双方が,信頼関係を築くと言う立場に立たずに,コミュニケーションを始めてしまっているところに問題の所在があると思う。申請者は,職員を信じ,職員がどんなに面倒な条件を付けてきても,可能な限り対応して,保護申請の正当性を証明して欲しいと思う。申請を却下されることを恐れずに,「却下」と言う市の判断を尊重し,同時に「却下」と判断されても生活が成り立たないのであれば,その旨を伝えるために,何度でも窓口に行く,そして,にっちもさっちも行かない状況を理解してもらう。「保護を受けて当たり前」「だから、何とかして拒む」という不健全な会話をdialogueに切り替える。そのファシリテーションを行うことも,オーガナイザーの重要な役割であろう。
国家が税制を用いて,国民の生活保障を行うという枠組みは,2006年の現在もとりあえずは機能している。この仕組みが,長く続くとは思えないが,社会制度の円滑化を進め,市民社会の発展を促し,政府と市民がAccountableなガバナンスを確立するためにも,生活保護制度を,市民が責任を持って使いこなすことは,重要なプロセスであると思う。生活保護を自分たちの制度と考え,自分たちでmanageすることが,今日の壊滅状態である生活保護制度を再び機能させる第一歩なのではないだろうか。

Social Bipolarization

Economic Splitとも言えるのかな。最近日本で流行の格差社会。世界中の殆どの国では当たり前ですね。一応、たてまえとしては共産党政権である中国なんかは、世界一の格差社会かもしれないね。まぁ、地球がある意味最大の格差社会なんだけど、今日の国家形成の仕組み上、国家のサイズが大きければ大きいほど格差社会の度合いも大きくなることは自然なながれなわけで、あれだけの国土と人口を抱えていては、共産主義に希望を見出さざるを得なかったことは、誰しも納得いくことだと思うんだけどね。でも、ここまで経済的な競争力の強弱が、国民のQuality of Lifeに影響を与えるような国際状況では、たとえ国内に格差社会を築こうとも、国際競争に負けないような国家を築くことが、国の急務であって、国民も納得せざるを得ない風潮にある。まぁ,それが新・自由主義といわれてるけど。
だから、アメリカの若者なんかは、競争社会の根源として、世界銀行IMFに対して激しいプロテスト運動を続けているわけだけど、なかなか日本の若者で、そこまで世界的な経済状況に関して熱い思いを抱いている人は少ないようである。勉強不足ではないと思うんだよね。どちらかと言うと、無関心なんだろう。無関心だから、気がついたら、自分たちは「負け組み」のレッテルを貼られて、社会的に排除されがちだったりして。
ちなみに、大阪府は日本でも失業率が高く、生活保護世帯率の高さは日本トップクラスであることは周知の事実だと思うけど、その大阪府で、社会貢献事業を行っていると、そうした、格差社会の問題が顕著に表れていると思う。こうした格差社会の現実と毎日向き合っていると,個人単位での問題解決は焼け石に水のように感じてしまう。もう,そういう社会構造になってきているんだね。日本の福祉国家の崩壊というわけだ。(まぁ,そもそも福祉国家があったのかという議論はおいておいて。)
ちなみに,格差社会に対しての国家対策として、1960年代アメリカの,ジョンソン政権のにおける,「貧困への戦争(War on Poverty)」が挙げられると思う。Economic Opportunity Actに始まり、この時期のアメリカの貧困対策(人種差別対策でもあった)政策は,貧困地区における住民参加型の,地域の開発,つまり,住民が主体となった住宅や商業の開発というコミュニティ・デベロップメントの礎を築いたわけだ。これが,時代を経るにつれ,民間企業や金融機関とのパートナーシップも強化され,ひとつの貧困地区における,地域開発モデルとして確立してきた。こうした地域開発アプローチに対して,賛否両論ある。特に,近年では,規制緩和と民営化の流れのなか,貧困地区の地域開発の中心となってきたCDCがその力を弱めつつある。というよりも,そもそも経済的な競争力を売りとしていないために,民間企業との競争をさせられたら,元も子もないわけである。そういった意味では,政府に対してのアドボカシー機能の欠如は致命的なわけで,競争化の流れの中,小規模のビジネスが生き残っていくことなどは,困難であることは,近年日本中の商店街がなくなりつつあることを見れば一目瞭然で,CDCのような地域開発を目的とした非営利組織や,小規模のビジネスをバックアップするような連合体の形成が必要なのかもしれない。というか,アメリカの場合,連合体は存在するが,新自由主義の下,その発言力はすっかり失われてしまっているように思える。政府がAccountableと思っていると,こうして足元をすくわれてしまうわけだね。
一方で、貧困地区の地域開発が政府主導で行われ、連邦政府の予算を投入したことにより、新たな住民参加のあり方が確立したと言う見方もある。しかし、それが万能薬ではないことは今日のCDCの現状がものがたっている。
こう考えると、地域開発におけるオーガナイザーの役割としては,住民参加の仕組み作りと,政府とのつなぎ以上に,経済開発における,ローカル・エコノミーの仕組み作りや,さらには,住民教育などがカギとなってくるように思える。
まだまだ,勉強し甲斐のあるテーマだね。

ソーシャル・キャピタル研究の意義

さて、今回はちょっとかたっくるしい話にしようかな。
僕が、これから最低3年間、頭がはげる思いで研究するテーマが「地域福祉実践におけるソーシャル・キャピタルの重要性」と言うことなんだけど、うーん、、、やっぱりここで書くにはかた過ぎるかなぁ。
この研究を行おうと思った理由は、僕のコミュニティ・オーガナイザーとしての経験から来ていて、そもそも、僕がニューヨークで携わっていたINCOプロジェクトと言うものがあるんだけど、これは、ニューヨーク市内で15人のコミュニティ・オーガナイザーを雇い、包括的・協力的にCOを実践することで、市の政策に直接的なインパクトを生み出すというアドボカシー活動だったんだよね。このプログラムの資金は銀行と基金から出ていて、毎年各団体に対して5万ドル(約550万円)助成されると言うものだった。それで、この助成金を毎年ちゃんともらってプログラムを遂行する上で、半年毎に活動を評価されていたんだけど、その評価のしかたが全然気に入らなかったんだよね。
コミュニティを作り出して、コミュニティのメンバーを組織する上で、オーガナイザーはいろんなことに気を使わなくてはいけないと思う。例えば、活動に参加しているメンバーに対しての評価や、励ましの言葉、時にはお願いをすることで、より強い関係が築けたり。また、いざと言うときに、政治的な活動をするためには、日頃から、コミュニティ・メンバーが自分たちがコミュニティの住人であると言う意識を持たなくてはいけない。そのためには、メンバーが所属する母体(実際の組織ではなく共通のアイデンティティ)のようなものを用意することも、その活動の一つとなる。こうした、細かい配慮の積み重ねが、効果的なCOを生み出すと思う。そんでもって、それを別の言葉で表すと「ソーシャル・キャピタル」となるわけだ。「ソーシャル・キャピタル」は信頼、規範、ネットワークからなると言われるけれども、要は、お互いがコミュニティのメンバーであると言う意識のことだと思う。この意識を生み出すには、結構な努力と、作戦と、苦労が伴う。もちろん喜びも、同じくらいね。
僕の研究は、この「ソーシャル・キャピタル」を日本の地域福祉実践の中でどれくらい増殖することができるかというもので、そのための方法を考えると言うものです。
しかし、何でこの研究をするのか。ただ単に、僕がニューヨークで憤りを感じたからではない。
ここで重要になってくるコンセプトは「市民社会」だと思う。
市民社会という概念は古代ギリシャから始まり、西洋を中心に発展してきたコンセプトであって、民主主義の類義と理解している。今日では、政府でもなく、企業でもない第三の存在としてある意味「控除概念」として扱われている感があるが、本来は、国家に対して、個人の集合体として「社会」を形成し「自治」という「自由」を有すると共に「責任」も兼ね備えるという近代民主主義国家を説明する上では必要不可欠な概念である。
封建的な国家が成熟するのではなく、あくまでも民主的な、市民の意識の高さをもって発展する参加型の国家をして初めて可能となる真の民主化。理想論と思われるかもしれないが、その理想を追い求めるために僕の研究があると考える。
個人がAutonomyを持ち、平等な政治的権利を有する社会で、その「個」の集合体がどのように作用することで民主主義がより理想に近づくのか。地域福祉という概念の下、ソーシャルワーカーはどのようにそのプロセスを促進できるのか。熟考する必要がある。そして、可能な限り科学的なルールに基づき実証する必要がある。そういった意味での、この研究である。
今回のブログは、かなり独りよがりなものになってしまったなぁ。次回は、もう少し読者フレンドリーなものを!

福祉マネジメント再考

日本に帰ってきて、民営化の流れがあまりにも強いことに驚かされる。これは福祉のフィールドに限った話ではないが、福祉のフィールドでは世間があまり注目していないうちに民営化がどんどん進んでいる。福祉における民営化というと、とかくNPOが挙げられることが多いが、実際には株式会社等の営利会社がその殆どである。居酒屋で有名な「和民」が福祉業界に進出したことは有名だと思うが、福祉の業界で利益を上げるということはなかなか容易ではないんじゃないかと思う。日本の社会もこれからは、貧富の差が広がり、福祉サービスにも質の高低が出てくると思われるが、まだまだ至上主義的要素は薄く、家族では面倒見切れなくなった個人(認知症高齢者や障害者など)に対して、福祉サービスを利用するというように、あくまでもインフォーマル・ケアを補うものとして捉えられている。
そういった中、これから福祉のビジネスを成り立たせるためには、特に裕福層に対して質の高いサービスを提供することが経営者の考えるところと思われる。1970年代から続いてきた「措置型」の福祉国家的福祉では、財産の有無に関わらず、国の保障の下、「平均的」な事業を行うことで福祉ニーズを埋めてきたが、近年では社会福祉基礎構造改革により、新たにマネジメント能力が求められるようになってきている。
以上のような流れの中、最近ではコミュニティビジネスと言う考え方も注目を集めている。北欧ではソーシャルエンタープライズなどと呼ばれているようだが、これは、地域密着型の社会サービス提供体で、「社会的な目的を持ち、民間の価値観の上に存在」する。何だか、ややこしい話だが、これが何でややこしいかと言うと、我々の多くは「政府」「企業」「民間」といった縦割りの構造が骨までしみこんでしまって、その枠組み以外では物事が考えられなくなってしまっているからだと思う。結局、コミュニティビジネスって言うのは小地域で需要と供給をマッチする仕組みづくりということだと思う。小地域で経営を行うときに、極端な営利目的では経営は成り立たないわけで、そこには地域における人間関係や、環境に対する配慮など、モンスタービジネスが行ってきたような利己的かつ極端な営利目的の経営は成功しないと言うことである。なかなかそう単純なものであるとは思えないけどね。
必要原則に基づいた、コミュニティビジネス的なサービス提供は需要と供給のバランスが整っている間はいいが、貧富の格差が広がることで、必要が満たされない事例が増えることが予測される。そうなったときに、コミュニティビジネスはどういった動きに出るのだろうか。
・「公益性」という価値観の下、あえて貧困層のニーズを補うことで経営を成り立たせることができるのか。
・「社会正義の専門性」を持って、経営困難であれ、社会の不平等に対して働きかけるのか?それは民間の価値観から成り立つのか?
・事業を進める上での「事業団体・組織の民主制」はどのように保たれるのか?
多くのコミュニティビジネスは、発起人のユートピア思想を伴ったエリート的なエゴによって成り立っていることが多い。そんでもって、そのエゴのおかげで、社会変革を導くような一大貧困層救済プロジェクトが成り立つことも大いにありえるし、長期に渡りコミュニティの安定を築くような事業に発展してきた例もある。しかし、1人のカリスマができることは限られているので、大切なことは「ビジョン」の共有であり、事業運営の方向性を振り返り、状況に応じて変化することができるメカニズムであると思われる。
それって、結局COの理念なんじゃないかなぁ。コミュニティビジネスって言う名前ばかりが先行して、気軽に始められるビジネスみたいにNPOや1円企業がじゃんじゃか生まれてるけど、その中にどこまでCOの理念が入っているのだろうか。どうすれば、COの理念がコミュニティビジネスに浸透するかを真剣に考えなくてはいけないなぁ。ずうずうしいかなぁ。

社会貢献って?

いろいろあって,4月から大阪府社協社会貢献支援員として働くことになった。そのいきさつはいいとして,とりあえず,現場に入るということは,さまざまなことを学べるし,影響を受け,考えさせられる環境に身をおけるわけだ。実際に,まだ仕事は始まっていないが,研修を兼ねて,支援員の方のお話を聞いたり,会議に出させてもらったりしていると,早速いろいろな学びがあった。

社会貢献支援員の仕事は,大阪府内の老人福祉施設部会が新たに始めた,コミュニティ・ソーシャルワーカーを中心とした,社会貢献事業のサポート的役割であるが,この事業を一言で説明すると,「制度の間を埋める活動」となる。既存の福祉制度では解決,または対処できない今日的な社会問題が多くなってきている中,実際に福祉の現場にいるソ?シャルワーカーが柔軟に対応して,必要であれば,特別に集められた基金を使って金銭的な支援も一時的に行うというものである。とても画期的な事業であり,今日的社会問題の氷山の一角を解決するような仕事であると思う。そして,そうした氷山の一角は,社会の課題を浮き彫りにしてくれるものと思っている。

それにしても,社会貢献事業とは面白いネーミングと思う。というか,的を得たネーミングといいたい。福祉事業者や福祉従事者は,その仕事内容自体が「人のため,社会のため」の仕事であるため,仕事の幅を超えた更なる社会貢献活動など求められていないように思われるが,そうした福祉に対する見方も近年変わりつつある。20世紀後半にみられた「措置型」の福祉は「契約・利用型」の福祉へと移行し,福祉事業者にも経営能力が求められ,まだまだ規制はあるにせよ,より市場原理の介入が進んできている。そうしたなか,規制緩和により,福祉施設運営母体は社会福祉法人に限らず,民間企業の参入も進み,その利益をより社会に貢献するために利用するということは自然なこととなった。福祉(人々の幸福の向上)を牽引するプロフェッションとして,率先して社会貢献事業を進める大阪府の老人福祉施設部会には,いやはや感心させられます。模範ですね。

それにしても,「社会貢献」とはなんだろう?よく,ボランティア活動は社会貢献活動と言われるけど,社会に貢献する方法はたくさんあると思う。何よりも,社会に貢献するためにはまず1)社会の一部であるという認識が必要で,さらに,2)社会の必要の把握,そして3)行動という順序があると思う。ボランティア活動が一般的に評価される所以は,この三段階のステップの最終ステップであるため,最初の二つのステップが成り立っているという理解の下にある。これは,たいていのボランティア活動において,正しいと思う。また,最初の二つのステップが欠けていても,ボランティア活動を通して,最初の2ステップを自然と身に付けられることもある。おそらく,ボランティアの価値とは,実際の活動における成果と,活動を通して得ることのできる社会性との両方にあるように思う。

さて,話はそれたが,ボランティアに限らず,社会貢献とは上で挙げた三つのステップの上に成り立つものと考える。社会の一部としての認識のない社会貢献は,実は個人貢献だったり,企業貢献だったりと,えらく利己的になってしまう。また,社会の必要が把握できていなかったり,社会の必要を無視しては,社会貢献とは考えにくい。でも,ここで難しいことは,何をもって,社会の必要を満たしているかということである。個人主義色の強い今日では,人々が求めていることが必ずしも社会全体の向上につながるとは限らない。例えば,車で人々が移動することは必要だが,環境汚染や,公害を考えると,車での移動は控えたほうがよいとか。また,技術の進歩や生活習慣・文化習慣によって,必要原則が著しく変化することもある。こう考えると,ますます「社会貢献」を定義することが難しくなってきた。大阪府での社会貢献事業も,人によっては「社会貢献」と思わない人もいるかもしれない。でも,そんなこと言っていても,何も始まらないから,社会性を持って,行動することに限るね。

団塊の世代

先日,知人からとても印象的な話を聞いた。あるアルコール依存症の日本人男性が,生活保護の申請手続きをしようとしていたらしい。この男性は,両親のそばを離れて,自立生活をしようとしながらも,なかなかうまくいかず,自分で会社を立ち上げるもうまくいかなかった。格差社会といわれる今日,彼の人生は「負け組」と見られるかもしれない。しかし,彼に最初に負け組の烙印を押したのは,彼の父親であった。取得が比較的簡単なある資格を取った男性が,両親に資格取得の報告をしたところ,父親から,「そんな資格くらいしか取れないのだから,お前はいつまでたっても,だめなんだ!」と一蹴されたらしい。きっと,この男性としては,自分の努力を認めてほしかったのだと思う。資格どうのこうのよりも,何よりも親からの精神的サポートを請けられなかった男性の心の傷は深いと思う。ある意味,この父親の一言が彼のその後の人生を大きく左右するものとなったように思える。

この父親が,団塊の世代かどうかはわからない。おそらく,団塊の世代よりは年配だと思うが,戦後の日本を築いてきた世代であることは間違いない。僕は,今日の社会的問題の多くは団塊の世代の目から見た問題であると思う。戦後の日本の歴史は団塊の世代と共に歩んできて,今まさに団塊の世代と共に心中しようとしている。団塊の世代の価値観が,日本の価値観であり,新たな価値観はいまだに排除されてしまう社会構造にある。

団塊の世代は,戦後の何もない時代から,さまざまなものを生み出し,作り出し,日本を盛り上げた。それは事実として何の疑いもない。ただし,日本のビジョンは,その当時団塊の世代が創り出した,ある意味カタルシス的な,泥沼からはいつくばってでも,ご飯をたくさん食べられる生活を求めるような,生活の質の向上というよりは,マテリアル的欲求を満たすような,そんな幸せ絵巻だったような気がする。

この価値観は,戦後の何もない状態の上に成り立っていて,その当時得られなかったものを得るという,Missing Pieceを埋めるというカタルシス的なエネルギーから来ている。これと同じ価値観を,その幸せ絵巻の中の登場人物として生み出された,団塊ジュニアの世代が引き継げるかというと,困難であると思う。幸せ絵巻の登場人物のルーツは,あくまでも幸せ絵巻であり,団塊の世代が探していたMissing Pieceが最初から埋まっている状態にある。そうした団塊ジュニアに団塊の世代と同じ価値観を求めるという発想自体が無理であり,不幸を生み出してしまう。

今日的社会問題は,団塊の世代の目を通して「問題」と位置づけられているが,当事者の視点(今回の話では団塊ジュニアの視点)が入っていないように思える。というよりも,社会の価値観=団塊の世代の価値観であるがために,偏った意見が生み出されている。この価値観も少しずつ変わってきているが,次の世代が奮起しない限り,又は,絶対多数決で団塊の世代プラスマイナス10年くらいが少数派にならない限り,変わらないものかもしれない。民主主義の落とし穴にうまくはまってしまった形である。結局,僕ら日本人は,いまだに民主主義を上手く使いこなせていないように思える。

COにとっての政策とは何だろう

先週、同志社大学で行われた日本社会福祉学会の政策・理論フォーラムに参加してきた。4月から同志社大学の博士課程後期へ進学が決まり、ついでに日本社会福祉学会日本地域福祉学会に入会し、さらには今回のフォーラムを取り仕切っていたのが、僕の指導教授ということで、参加必須条件が整いすぎていたので、参加してきました。今日の日本における社会福祉の全体像を学ぶにはうってつけでした。
まぁ、今回のフォーラムが「政策・理論フォーラム」というだけあって、近年の社会福祉政策の動向を踏まえながら,高齢,障害,児童,貧困という対象分野別,地方分権,制度改革,社会的排除という今日的キーワード別に,それぞれのフィールドで日本の社会福祉を引っ張る主要な先生方の報告となった。
その中でも,地方分権については関西学院大学の牧里先生が,地域福祉計画を軸に政治的なインパクト,システム化への影響,自治体行政への影響について話された。なるほど,今まで政策という切り口で地域福祉計画を考えたことがなかったけれど,確かに地域福祉計画とは福祉の理念を地域レベル(自治体レベル)で,住民参加型を促しながら進める,ひとつの政治的な方法であるということを学んだ。
地域福祉計画は,英語で言うところのCommunity Planningに当たると思うんだけど,これは,住民や当事者が社会政策の決定プロセスに参加することで,より民主的な政治を促進するというCOの一手法である。しかし,ここで言う政治とは英語ではpoliticsなわけで,小文字のpのpolitics,つまり,広義の政治なわけだ。それと反対に,狭義の政治(Politics)とは代議士制で行われている政治を指して用いられる言葉である。日常会話で「政治」というと狭義の政治を指して用いられていると思う。狭義の政治は絶対多数決の要素が濃いため,対立的な考えになってしまう。政治の話になると,解決の見えない意見のぶつけ合いになりがちだが,それは狭義な政治における解決を求めているからであり,民主主義の複雑さを無視したような考え方にも取れる。そうした,政治的な決議を経て決められた政策は,当然すべての国民(市民)が満足するようなものではない。
こうした今日的民主主義政治の役割をより強化するため,つまり,より広義の政治に近づけるためには,住民・当事者の参加が必須である。そういった意味では,COにおける住民の組織化からエンパワメント活動,Community Planning,Community Developmentなどの手法はそれ自体が,広義の政治の重要な要素であり,社会政策が機能するためには絶対不可欠な条件であると思う。つまり,COにとっての政策とは参加を意味し,実践を意味し,賛同と反対を意味するものである。

東京ボランタリーフォーラム

先週末は東京ボランティア・市民活動センターが主催した東京ボランタリー・フォーラム2006に参加してきた。実際には、参加するだけではなく、「地域の拠点」という分科会でニューヨークでの経験の事例報告(パワーポイント)をさせていただいた。日本に帰国して7ヶ月過ぎても、「昔取った杵柄」である。20名の参加を想定して行ったこの分科会は、ふたを開けてみれば30余名の参加、しかも老若男女さまざまな人に参加していただけた。当初は、若い人の参加を予想していたが、高齢者の方もたくさん参加され、定年退職後に地元で事業を始められた方など、とても参考になる話を聞くことができた。
最近、アルバイトで特別行政法人福祉医療機構から過去に助成を受けた団体のヒアリング調査を行っているけれども、何よりも感心することは、助成を受けた中でも、優良事例として取り上げられている団体の中心人物(リーダー)の多くが中高年の女性という点である。中高年の女性には代表役がふさわしくないということではない。むしろその逆で、中高年の女性たちが、長い年月をかけて思いを形としてきた活動がさまざまな形として実り、今日の市民社会を支えているという事例を多く見て、こういったアクター抜きでは今日の市民活動は語れないと思った次第である。
今回のフォーラムでも、まだボランティアや市民活動暦が浅い人なども、積極的に新しい取り組みを行っていたり、新たな発想で周囲の人の参加を促したりと、多くの地に足のついた事例を聞くことができた。もちろん、成功話と同じくらいの苦労話も絶えないわけで、どちらも含めて、それぞれがお互いの思いに対して共感していた。今回の分科会を一緒に行った、墨田区、興望館の館長さんもおっしゃっていたが、フォーラムの重要性とはその内容はもちろんのころ、第一線で事業に取り組んでいる人たちが思いを共有することに意義があるんだと。まさにそのとおりだと思う。Self-Supportが必要なのは、社会的な弱者だけに限らない。福祉事業に取り組んでいる人たちも、お互いの思いを共有することで、エンパワーできる。そういった意味では、今回のフォーラムは僕自身がエンパワーされた会であったし、多くの人が同じ気持ちで帰路についたと思う。
こういった会が、より身近に行われることで、市民社会を支える人材が育っていくんだろうと思う。アメリカでも、Community ForumやTown MeetingはCOテクニックとして、多くのオーガナイザーが重要視している。また、世界的にもWorld Social Forumなどの国際的なフォーラムが行われていることを考えると、こうしたフォーラムというのは21世紀の市民社会形成において、必要不可欠なツールなのかもしれない。

We speak the same language

さて、このブログもすっかり御無沙汰になってしまいました。というのも、最近は福祉の現場からずいぶん遠ざかってしまってるからなんだよね。NYでの仕事を辞めて、ちょうど8ヶ月くらい経ったかな。
日本に帰ってきてから、福祉のフィールド、NPO、市民活動、行政、研究などの現場を見てきて、いろいろ勉強させてもらっているけど、やっぱり自分がフィールドにいないと何で福祉について考え、学ぶ必要があるのかがわからなくなってきてしまうような気がする。でも、日本に帰ってきてから友人などサラリーマンの生活の現状を見てきて思ったのは、夢も希望もない雇用状況だけど、今はとりあえず働くしかないといった悲壮感に満ちた生活状況を何とかしたいなということです。(僕の勝手な理解なのかもしれないけどね。)そんなこと言っても、今の日本の経済状況からして、贅沢は言ってられないとか、そういった議論ではなく、選択肢と機会のある社会になればいいとおもう。選択肢が無くて、不満を抱えた現状を維持することしかできないという状況が一番苦しいとおもう。
まぁ、そういった気持ちを持ちながらいろいろ考えているけど、結局何もできていないから、内側と外側のバランスが崩れてきつつあります。その結果が、「言語」の問題なのかなとおもう。
ここでいう「言語」とは人と人が繋がるための思考回路といったことだけど、もっと平たく言えば、相手の気持ちになって話ができるかということだとおもう。これって、オーガナイザーにとってはすごく大切な資質なんだよね。英語の表現で”We speak the same language”という言い回しがあるけど、これは「英語」をという言語を話しているということではなくて、例えば、初めて誰かと出会って話をしていると、同じ思考でものを考えていることにお互い気づいて、すっかり一致団結したときにこういう言い回しをよくします。
福祉のフィールドに限らず、人と何かを協力して行うということは、お互いの意思の疎通がとても大切で、ましてや福祉となると、とかく慈善活動と受け止められがちなだけに、当事者とソーシャルワーカーの間の関係でどこまで感覚を共有できるかというのはひとつの課題であると思う。ソーシャルワーカーの立場としてセツルメント・ワーカーのように現場に住み込んで(昔の話だけど)当事者の立場に立って物を考えるというアプローチもあれば、ケース・ワーカーのように自分の担当するケースから一線を引いた立場を重要とする考えもある。
しかし、オーガナイザーにとって、多くの人と感覚を共有できることって、大切な資質だと思う。オーガナイザーの役割とはコミュニティの声や隠れたニーズを読み取り、ひとつの声としてまとめることで、個人では解決不可能な問題に対して働きかけるための触媒のようなものだと思っている。しかし、その触媒がさまざまな要素と反比例していたのではいつまでたってもコミュニティはひとつにまとまらない。だからこそパートタイムのオーガナイザーなんていうのはありえないわけである。
そういう理由からか、現在自分がフィールドを持っていない状態がどうもしっくりこない。誰のためにどういった活動をして、自分がどのように成長するべきなのか見えてこない。ちょっと脱線するけど、中学や高校で受験勉強をしろといわれてもまったくその気になれなかったのは、誰のための勉強かと言うのがわからなかったからだと思う。想像力の欠如なのかもしれないけど、自分の能力が誰かの生活向上に役立つというつながりが見えないと、何のために勉強するのかが見えてこなくなる。それもLanguageにつながると思うんだよね。
いくら高度な社会福祉政策などを学んでも、いざ現場にそれをもって行く際に全く違ったLanguageに変えないと当事者には全く通用しない。当事者が理解できない限り、参加型のまちづくり・民主主義なんてものは成り立たない。だからこそ、オーガナイザーの触媒としての役割って言うのは大切なんだな。
最近現場から離れて、勉強ばっかりだから、だんだん現場のLanguageを話せなくなってきている。早く現場に着かないとな。

住民参加の手法(公聴会)

先日東京都A市の福祉計画公聴会に参加してきた。英語ではPublic Hearingといわれるもので、NYにいたころは何度か参加したり、時間をもらって話をしたこともある。NYにいたころはなんとも形式的なものだと思っていた。
しかし、そんな形式的なものでも公の場で何かを発表するということは影響力があるので侮れないところはある。
ア メリカの風土、特にNYでは、実力主義が強く、英語が話せなかったり、公の場で 意見述べることができなかったりすると、その存在すら無視されがちだが、ひとたび公の場に出て、意見を述べるとその存在は一気に評価され(もちろん内容に もよるが)一躍社会への影響力を発揮することになったりもする。そこには人種差別が存在するものの(たとえば、白人男性だと、公の場で意見をすることが自 然だが、非白人女性だと、いい面でも悪い面でも特別視されたり)、しっかりしたプレゼンテーションをして、メッセージを伝えることができて、芯が通ってい ればそれが誰であれオーディエンスは評価するという風土が存在すると思う。よく、アメリカの映画で人種差別が強かったり、村八分の社会で孤立した存在の人 間が四面楚歌に関わらず堂々と意見を述べて、観衆の心を捉えることでスタンディングオーベーションを受けるシーンで感動を呼んだりするが、まさにあの風土 は存在するものだと思う。
それはさておき、日本の公聴会と呼ばれるものもやはりとても形式的なものであった。
有識者が発表を行い、住民(福祉の場合、主に受益者)が意見を述べたり、質問したりする。しかし、行政側は意見や質問に対しとりあえずその場しのぎの答えを用意するだけでダイアログに発展しないし、させようともしていない。結局はOppressor-Oppressedの関係がそこには築かれていると思う。
もともと住民参加を通して、公共政策の計画を作るという考えは近年とても重要視され「小さな政府」に則して市民参加を促すひとつの方法である。実際に民主主義の原点はそこにあると思う。
ただし、この公聴会という形式が本当に民主主義に結びついているかというと疑問である。
実際に公聴会を行っている行政も、あまり意味のないことだと感じていると思う。しかし、今日の公共政策で公聴会を催さない計画作りというのはありえないという義務感から、とりあえずの口実作りとして公聴会を催している感がある。
それでも相当数の住民が参加しているわけだから大したものだ。あながち住民参加の意義は否定できない。しかし、その公聴会場を後にした住民のどれほどの人が行政とコミュニケーションを取れたと感じて帰路についたかしれない。なんともいえないペシミズムがそこには存在する。
あまり意味のないことと思いながらも、公聴会を開く行政と、とりあえず与えられた機会を利用しようと参加した市民(受益者)はお互い進歩を感じないまま家路に着く。
そ こで何よりも必要な存在はオーガナイザーだと思った。参加した住民がひとつにま とまっている気がしないし、だからこそばらばらの利己的な意見が飛び交うに過ぎない。それに対応する行政も仕方がなしに発展性のない対応を迫られる。 Lose-Loseシチュエーションである。行政としては、住民参加を望んでいるのだから、行政に対して文句を言うよりもどんどんプラスに転じるような意 見を、また責任ある発言を望んでいるわけだが、所詮公聴会という場では難しいこと。計画自体は、市民の有志を募って委員会を構成してはいるが、公聴会を開 くことでその計画のプロセスがより民主的になっているようには思えない。
それではどういった対応ができるだろうか。私ならこのように考える。

公聴会を有意義なものにする方法
1)計画に参加している市民の代表委員に発表を行ってもらう。
委 員がより積極的に計画に参加する意味でもリーダーシップを触発する意味でも、こ れは最も有効的なやり方だと思う。もし,ここで発表できないようなら,委員が何なために計画に参加しているのか分からない。有識者が発表できるというのは 当たり前。その有識者の方々は横でサポート的な役割をこなすだけで、場の中心にいる必要はない。
2)参加した住民同士がディスカッションできる時間を用意する。
100 人以上が参加している場なので現実問題難しいかもしれないが、10分でも 15分でも、周りの4,5人がグループディスカッションをする時間があってもいいのではないか。また、そこで話し合われた内容を発表してもらうことで、個 人個人の利己的な意見ではなく、複数のコンセンサスから生まれる公の声を得ることができるのではないか。
3)参加した市民に評価を求める。
ア ンケートを用意するだけでなく、承認投票等を用意して実際に参加した市民が今ま での計画のプロセスを評価させることで公聴会への参加の意義がより高まるし、発表者にとっても真剣勝負になる。行政と住民の責任ある参加で始めて成り立つ 公聴会となり、形式だけの話し合いではすまなくなる。

以上の3点はどれもとても難しいことだと思うが、実際にやってみるといいと思う。
何よりも、無責任で利己的な住民の参加を促すような公聴会とは違うエネルギーを作り出せるんじゃないかな。MandatoryではなくProgressiveなものにね。